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02.12.01(Sun) 爆発した実験室
 狭くもなく広くもない、人一人が休むのに快適な部屋の中、博士は紅茶を飲みながらくつろいでいました。朝の一時、実験途中の息抜き、それが今なのです。隣の部屋では助手が忙しそうに動き回っていることでしょう。
「大変です、博士!誤って爆発させてしまいました」

「何たること。それより君は大丈夫かね?」

 助手を見ると顔が引きつり、こんなはずではなかった、どうしてこんなことになってしまったのか、納得がいかない様子。博士は実験の子細を聞きます。

「で、どんなことをしていたのかね」

「えぇ、別に大したことをしていたわけではないんです。だけれど、ちょっと目を離した隙に爆発を起こしてしまったのでして」

 歯切れのわるい物言いに、博士は自分の目で確かめてやろうと隣の実験室へ移動する。そこにはあちらこちらに物が散乱し、どこに何があったのかわからず、手が付けられない。

「熱処理を加えたのか?」

「随分前のことでしたけれど熱を加えました」

「それじゃわからんだろ。もっと詳しく言わないか」

「ええっと、溶液に浸したものに熱を加えました。六時間前のことです」

 博士はなにやら考え込んでしまう。六時間前に熱を加えた物が、今更爆発するだろうか。うーん、わからん。まったくわからん。

「では、何か溶液を使ったのかね?」

「溶剤を少々。しかし、そんな危険な物ではありませんし、それを使ったときには綺麗な配列になりました」

 うーん、わからん。ますますわからん。考えれば考えるほどわからん。第一、綺麗な配列になったものが爆発する理由がない。

「あ、そうだ。その後に紙が潰れていたんですよ。理由はわかりませんが」

 広くもなく狭くもない実験室で、博士と助手は途方に暮れる。彼らにはわからない事実、しかし僕だけは知っていた。どうして爆発したのかを。

 寝る前に髪をよく乾かさないで、ムースを適当に付けて誤魔化したために、大爆発が起こったのです。気づいていないのだろうけれど、二人は博士と助手は僕の頭を使って、科学実験を行ったのでした。

シザーハンズ

ユービックファクトリー、メニュー、ファンタジー・SF映画より

 手にはさみを付けて喜ぶ博士、これはマッドサイエンティストだろう。ナイトメアー・ビフォー・クリスマスやスリーピーホロウも好きかなぁ。あ、でもバットマンは論外、ティム=バートンらしいけれど、もっとファンタジー色の強いものの方がこの人には合っていると思う。

02.12.02(Mon) 天の岩戸
 岩戸の中に隠れてしまったアマテラス。そのために地上は闇に覆われ、光りが失われてしまったのです。さてどうやって彼女を外に引っ張り出すか、みんなで算段をしている様子。
「くすん。もう私なんてどうだって良いのよ。アホのスサノオにいじめられるぐらいなら、ここに一生こうしているんだから」

 スサノオは不良も不良。馬の皮を剥いでアマテラスの織部に投げ入れるものだから、あまりにショックで侍女の一人が死んでしまったのです。無茶すぎるぞスサノオ。
 しかし、これは彼女一人の問題ではない。アマテラスは天の治める神なので、彼女が岩戸に隠れて日が出なくなりみんな大慌て。で、今こうしてどうやって引っ張り出そうか話し合いをしているってこと。

「アマテラスさぁ。いじけてるから楽しいことして注意を引きつけ、ちょっとでものぞき見しようと岩戸が開いた隙に無理矢理開ければいいんじゃないの?踊りでも踊ってさ」

「それグッドアイディア。あんた冴えてるわ」

 そんなこんなで、外では宴会が始まり馬鹿騒ぎ。歌うもの、踊るもの、酒を飲むもの、人それぞれ。アマテラスを酒の肴に盛り上がろうという気運もあったので、それはそれはすごい宴会なのです。特にアマノウズメの変な踊りにみんな大爆笑。ドラクエのへんなおどりに影響されているんじゃないの、なんていう野次も聞こえています。みんなネタに餓えているのでしょうか、とにかく異常な盛り上がりを見せている宴会場。

 岩戸の中でひっそりとスサノオへの愚痴をうじうじとしていたアマテラス。外が騒がしく、楽しそうで、どうしても様子を見てみたい。でも、アマテラスだったら絶対イヤ。あんなアホに振り回されるのは絶対イヤ。イヤだけれど、外の様子は気になるし。ええい、ままよ!岩戸を少し開け外の様子を窺う。
 すると、外には自分と同じ姿をした者が立っている。鏡に映された自分の姿だとも知らずに叫くアマテラス。

「なによこれ、何の冗談なのよ。ドッキリ?ひょっとしてドッキリ?カメラでも回ってんの、ねぇ?」

 その瞬間、岩戸は屈強な神によって開けられ、アマテラスは外に連れ出されたのでした。

 岩戸の中に隠れてしまったアマテラス。それを他の神々が無理矢理引っ張り出して、世に光りが戻ったというお話。

「ふーん。で、冷蔵庫からおかずを引っ張り出したのね?」

「まぁね。外で食べてく来るって言っちゃったんだけれどさ」

 仲間に誘われて外食の予定でした。しかし、嫌いな焼き肉を食べに行くと知って、僕はすごすごと家に帰ったのです。

 家では楽しそうにご飯を食べている様子、それがまた美味しそうで。外で食べてくると言った手前、何となく悔しくて恥ずかしい。それなので、食卓風景を遠巻きに見ていたのです。でもお腹は減っているし、楽しそうに食べているので、僕も食べたい。何かないかと冷蔵庫を物色します。
 するとどうでしょう。外で食べてくると言っていたのでおかずがないと思いきや、冷蔵庫に食卓のものと全く同じおかずが。

 こうして冷蔵庫の扉は開けられ、世に光りが戻ったのです。うん、お腹いっぱい。ごちそうさまでした。

あまてらす

Roots of Japanese、日本の神話より

 本来この神話は日食を指す。でも、理解に苦しむことはみんな神のせいなんて、都合が良い話だよなぁ。まぁ、史実を元にしている神話も沢山あるのだけれど。

02.12.03(Tue) 恐怖の癒し系
 コートの中に入っている携帯電話が鳴る、地元の駅を下りてすぐのこと。携帯を取り出し狭い画面を覗き込むと、それは友人Fからの電話でした。
「今どこにいるの?」

「あぁ、地元の駅。Fはどこにいるの?」

「私はねぇ、上野だよ。仕事が終わったばかりなの」

 彼女の職場は上野。秋葉原にほど近いため、時々買い物を頼むこともある。それに、僕も電車で一本で上野に出られるので、よく待ち合わせをする場所でも。
 しかし。ここ数ヶ月は別に頼み事をしていないし、どこかに行く予定もない。何か用なのかなぁ。

「そう、地元なの。それならいいや、ゴメンね」

「何だよ、気になるじゃない。言い出したら最後まで言いなよ」

「えっと。リングを見に行こうと思って、誘おうとしたのだけれど」

 Fは恐がりで、一人でホラー映画を見られない。大体、お化け屋敷で腰を抜かすような人なのだから、そんなもの見なければいいのに。それにも関わらずホラー映画を見たいというのだから、よっぽど変わった人だと思うのです。だから、僕を誘ったのでしょう。

「Fってなんでそんなの見たいの?よくわからんよ」

「え、だって私だって一応女だし」

 うーん、難しいこと言いだしたよう。女の子はホラーがお好き?わからないなぁ。怖いもの見たさ?そういうのはあるけれど、お金を払ってまで怖い目に遭いたいかなぁ。ちょっと僕にはわかりかねる心理です。
 そうやって会話がちょっと途切れた時、また難しいことを切り出す。

「だって、癒し系じゃない?」

 ホラーは癒し系?そんな馬鹿な。リングっていうのは鈴木光司が原作で、呪いのビデオテープを見ると死んでしまう話で、貞子が出て来て、ものすごく怖いんだよな。それがハリウッドに渡って装いも新たに、逆輸入される形で来たんだよな。で、やっぱり怖いと評判って、どこかで読んだ覚えがある。
 だけれど癒し系?わからない。癒し系っていうのは井川遙とか乙葉みたいな子を指すのは芸能音痴の僕だって知っているし、坂本龍一のエナジーフローに代表されるような曲で聞くと心が穏やかになるやつだよな。
 猫も杓子も癒し系と言われる昨今でも、リングを癒しという人はいない。ここにいるFを除いては。

「ちがうよ、癒し系じゃないよ。あんなので癒されるFは変」

 僕の物言いにカチンと来たようで、癒しの定義という質問をぶつけてくる彼女。だから僕は上のような答えを返したのです。

 もうすぐ自宅に近づく、何のそこには何の迷いもない。しかし彼女との会話は酩酊状態、どうなっているのやら。

 唐突に彼女が結論をぶつけてきた、それは僕の全く予想していなかった答え。どこかで話の中に間違いを見つけて、よじれた糸のほつれを直すように、僕の目の前に鮮やかに広げてみせるのです。

「ねぇ、何かすごく勘違いしているようだから言っておくわ。私が見に行きたいのは、貴金属のリング。あなたが想像しているのはホラー映画。どう、わかった?」

 なるほど、それならわかります。確かに紛う方なき癒し系。それは僕の勘違い。しかしFよ、君はとんでもない勘違いをしている。それを指摘してあげよう。

「それは彼氏と行くものだよ。近いからって僕を誘うのは間違ってる」

 最後の挨拶もそこそこに、その一言を残し僕は電話を切る。ぼそっと言ったから聞こえたかどうだかわからない。まぁ、どっちだっていいことさ。

 Fから電話で送られたリング、映画と貴金属どちらでも同じこと。相思相愛の二人にとっては癒されるべきクリスマス、僕にとっては孤独を暗示させる恐怖の電話となりました。

 こんな電話は嫌、失敬な!

The Ring

 映画よりも原作の方が怖い、それは洋画も邦画も同じこと。緻密に作られた話だから、読み進めていくと徐々に怖くなって来る。
 それよりもだ、今日のFからの電話の方が僕には余程怖かった。詳しく聞く前に切ってしまったのだけれど、彼氏へのクリスマスプレゼントを一緒に選んで欲しいという電話だったに違いない。

02.12.04(Wed) 雨に咲く花
 花を見ると心が和む、これは万人が認めるところ。薔薇、コスモス、向日葵、桜。目に鮮やかな花に時間を忘れてしまう、そんな経験をされた人もいるでしょう。ギスギスした人間関係に疲れ、癒しを求めて花を見る。そういうのだって悪くない。窒息しそうな社会生活に、だれもが安らぎを求めているのだから。
 窓の外は雨、今日は朝からよく降っている。アスファルト、ビル、信号、車、その他すべての物が雨に濡れているのです。空には雨雲が出て太陽を覆い隠し、明るい陽光の代わりに地表を水で覆う。遠くの空に注がれている視点を近いところに映すと、僕は雨に打たれる花に気づくのです。

 赤、青、黄色。色とりどりの花は雨を吸い込み、栄養を蓄え、花びらを大きく見せている。
 しかし僕の心は湿りったまま。花を見ると心が和むはずなのに、あんなに自己主張の強い大輪を咲かせ訴えかけているのに、僕の心は一向に晴れません。花は雨に揺れています。その場に止まる花、雨に負けない強き花。

 だけれど僕は思う。雨に咲く花よ、お前達は枯れてしまえばいい。枯れてなくなってしまえばいい。そうすれば僕の心も晴れるはず。

 花を見ると心が和む、だけれどそれは時と場合によるのです。ギスギスした人間関係に疲れ、癒しを求めて花を見る。そういうのだって悪くない。悪くはないけれど、雨に咲く花を見て、僕は暗澹たる気分になってしまうのです。

 雨に咲く花は太陽に嫌われ、雨雲の下でそぼ塗れる。道を行き交う人々は、雨粒に打たれぬようにと花をさす。

 雨に咲く花、傘の花、お前達は枯れてしまえばいい。枯れてなくなってしまえばいい。その時、お天道様も顔を出すでしょう。

米田正一商店オフィシャルサイト

 その昔、僕がまだ学生だった頃。お気に入りの傘を持って学校に行き、授業を受けてから帰ろうとしたら傘が盗まれていました。怒り心頭、学生課にも届けたけれど、二度と僕の手に戻ることはなかったのです。それ以来安物の傘しか持たないことに決定。ビニール傘やヨーカ堂で買った傘なら、なくなっても諦めがつくというもの。

02.12.05(Thu) 連れ込み部屋
 女の子を部屋に連れ込もう、不穏当で邪で淫らな考えを胸の奥に秘めているのです。あんなことをしたい、こんなことをしたい、そういう欲ばかりが頭の中で渦巻き、それをはき出したくて仕方がない。犯罪だ、そんなことをしてはいけない、そういう理性も失われ、己の欲求の赴くまま、行動に出てしまう。
 もちろん僕は行動の全てを把握している。行動の自由を認め、彼女の裁量で物事を運んでくれたら良いとは思う。けれど、そんなことをしたら途端に馬鹿な行動を取るだろう。あぁ、安易に予想できるのです。
 着る服も、食べるものも、いや、入浴や椅子に座るのだって、僕の許可なしにはさせたくない。変態と罵られても良い。でも、そうしないと駄目なんです。

 そのかわりに、僕は精一杯の家を提供してあげる。良い壁紙、最良の家具、最新のオーディオ、庭にプールだってある。ほら、これだけすれば文句ないでしょ。望み得る最高の環境。こんな暮らし、僕以外の誰が与えてあげられるのか少しは考えてくれても良いんじゃない?
 そんな僕の気持ちを余所に、彼女は腕組みし、部屋をうろつき、しきりに訴えているのです。こんな暮らしはうんざりだと。まぁ、当たり前か、こんな監禁生活では。しかし、わかって欲しい。僕は君のことを好きだし、良い暮らしをさせたいと思っているのだから。

 女の子を部屋に連れ込もう、不穏当で邪で淫らな考えを胸の奥に秘めているのです。それはもうすぐ手に入る、望みさえすれば確実に僕のものになる。あんなことしたい、こんなことしたい。今から妄想が渦巻いてしまうのです。

 僕は知ってしまった、いつ彼女が部屋にやって来るのかを。世間ではクリスマスが終わり、年の瀬を感じ始める頃。それは今月の二十六日、僕の誕生日。僕は自身へのプレゼントとして、「彼女」を監禁しようと思います。誰にも邪魔されずにね。

ボクシング・ヘレナ

劇的愛人、電映魔城より

 愛する女の体を切り動けなくして監禁してしまう外科医の話なんだけれど、これが実は夢だったというどうしようもないオチ。途中までドキドキしながら見ていたんだけれど、まさか夢とはねぇ。今どき安いドラマでもやらないよ、うん。ところで、日記で不穏当なこと書いているけれど、監禁束縛してまで相手を手に入れたいとは思わないよ。監禁やら猟期は映画の中だけで十分。

02.12.06(Fri) 冬の手紙
 几帳面な字が紙一面に書かれている。一通の手紙が届いたのは今日の午後、薄曇りの今にも落ちそうな日のこと。はて、誰からの手紙であろうか。
 景色も秋から冬に支度を済ませ、めっきり寒くなってきた。ほんの少し前まで赤く葉を付けていた木々も今ではすっかり丸坊主。そんなに丸めたければ寺の小坊主にでもなればいい。とにかく朝夕の冷え込みは厳しくなり、火を付けねば寒くて手足が動かない。
 朝方手紙を書こうとしていたものの、寒さで手がかじかんだせいであろうか。それとも脳が働かないためか。雪上を汚すのをためらっているかのように、筆は進まず白い面を表にさらけ出す。
 さて、書き出しを如何にしよう。もうかれこれ十分も目を閉じ、思い立ったように書いては捨て、捨てては書き、また目を閉じうんうんとうなっているのである。

 やはり季節の挨拶を書かねば。日本の情緒、季節の移ろい、これらを大切にせねば。ようやく書き出しを決め、一筆入魂、筆を入れ始める。

「いよいよ本格的な寒さとなりました」

 このような書き出しと決まると、後はすらすらと。日々の徒然、相手への気遣い、押し迫った年の瀬。ただ筆の赴くまま紙を埋める。末尾はこんなもので良いだろうか。

「時節柄、お体にはご留意ください 」

 朝、家を出る際に手紙を出す。遠い、どれほど遠い場所か。海を越え、山を越え、足袋を何足も駄目にし、やっとこ届くような僻地へ宛てた手紙。さて、いつ返事が返ってくることやら。

 一通の手紙が届いたのは今日の午後、薄曇りの今にも落ちそうな日のこと。はて、誰からの手紙であろうか。朝出した手紙の返事がもう返ってきたのか。

 いったいどこの何某であろうか。怪しみながら封を開けると、几帳面な字が紙一面に書かれている。するとどうだろう、朝寒い思いをしながら時間をかけ、筆を進めた文が、一字一句違わず書かれているではないか。それに、少々改ざんされた気配もある。
 おのれ憎き奴、一体何者ぞ。あわてて差出人の名を見るに、伝右衛門とある。またお前様か、人の文をあざ笑う憎き奴よ。

THE REPLY TO MR.MAILER DAEMON

 始めてデーモン見たときには誰からかわからないしその上英語で焦った、そういう人も多いはず。今朝、海外の友人へ向けてメールを書いたら、メーラーデーモンとして返ってきた。まぁ、宛先不明でもすぐわかるので普通の郵便よりは精神衛生上良いのだけれど、それでも返ってくると悲しいのです。

02.12.07(Sat) 水の惑星
 部屋にある窓から外を見ると、水が見える。本来は空気に包まれているのだろうけれど、ここは水の惑星。家々は水の中に没してしまったのです。
 外からの水は家の中には入ってこない、入ってきたら一大事。アリの巣穴のように小さな隙間からダムが瓦解してしまうように、水の惑星における住宅も水が入ってきたら即座に水没してしまうだろう。
 水中生活は気分を憂鬱にします。家から出られない状況がそうさせているのでしょうか。そもそも人間は水の中で生活するようには出来ていない、しかし水の奥深くで生活しなければこの惑星では生き抜けない。自然と慣れていく人もいるのだろうけれど、一向にこの生活に慣れず、不満ながらも自然の摂理には逆らえず、ただ悶々と暮らしているのです。

 かつて人は大地に根を下ろし、家を建て、そこで暮らしていました。日の光を浴び、気ままに外を出歩き、新鮮な空気で肺をいっぱいに満たす。そんなとりとめもないことを考えながら外を見ると、やはり水の膜が外にあり、ゆらゆらとした水特有の景色が目に飛び込んでくるのです。あぁ、なんて憂鬱なんだろう。いっそ水など無くなってしまえばいいのに。そうすればここで深海魚のようにじっとして、まったく動かない生活ともおさらば出来るのに。
 そうやって不平を漏らしながら外を見ると、不思議な光景が目に入る。本来あってはいけないはずの水が、家の中に入り込んでいるではないですか。

 外からの水は家の中には入ってこない、入ってきたら一大事。アリの巣穴のように小さな隙間からダムが瓦解してしまうように、水の惑星における住宅も水が入ってきたら即座に水没してしまうだろう。どうしよう、どうしたら良いんだ。

 窓の外に水があるのはもちろんのこと、今は家の中にも水がある。窓の内側にびっしりと付いた水滴は結露、暖房によって温められた空気が冷たい窓ガラスに付着し、冷やされ、露となる。
 ここは水の惑星、地表の七割が水に覆われた地球という名の星。外では寒々とした雨が降りしきる。

惑星ソラリス

Hiro's Factory、Cinema Noteより

 この日記を書いていたら、急に惑星ソラリスが見たくなりました。地球を一つの生命体として捉えたガイア理論、この映画を見る度に思うのです。

02.12.08(Sun) 一対の水晶の欠片
「大変だ、大変だ!水晶の欠片がなくなった!」
 その知らせは城内に響き渡る。国の宝である二個の水晶の欠片。その二のうちの一つが、忽然と消え失せたというのである。

 二個で一対の水晶の欠片。それを手にした物は、この世の全てを見渡し、嘘偽りも見抜くと言われている。伝説なのだから、真意のほどはわからない。しかし、栄えていたこの国に翳りが見えたのも、水晶の欠片の一つがなくなったからであろうとうのは、住民のもっぱらの噂なのです。

 城内での混乱はしばらく続きました。どうして急に紛失したのか、また、その行方はどこなのか。とにかくそれがないと、国がどんどん傾いていく気配が濃厚だったので、王女を始めとして家臣や侍従、城内にいる全ての人がその水晶の行方に興味津々だったのです。
 付近を手始めとし、隣国にまで探索の手は広げられましたけれど、それでも見つかりません。人々は噂をしています、もうこの世には存在していないのではないのか。いや、あるいは川に落ちて流されてしまったのだ。はたまた、誰かの呪いで地球の裏側に飛ばされてしまったのだと。どれもがもっともらしく聞こえるし、良くできた作り話のようにも感じるのです。

 あぁ、もう駄目だ。みんなそう思っていました。しかし、ただ一人女王だけが、水晶の欠片が戻ってくることを信じていたのです。信じればきっと返ってくる、いつかきっと出てくるはず。

 水晶の欠片がなくなったといの報を聞いてから、どのぐらいの時間が経ったでしょうか。侍従、家臣、城下の人々、すべてが心配し、嘆き悲しんでいました。あぁ、我々の手ではどうすることも出来ないと。

 信心が通じたのでしょうか、女王が皆の前で話をしている時のこと。為す術ないと困惑し、ため息を漏らし、思わず天を仰いだ女王。すると、あっという声がどこからか聞こえたのです。
 誰も彼も女王の目を指差し、驚きの表情を浮かべていました。

「見える、見えるの!」

 女王は叫びました。失われていた水晶の欠片が、何と女王の目、それも黒目に、ここが居場所であるというような感じで現れたのです。何という偶然、何という奇跡。

 こうしてある国の水晶の欠片は再び対になり、再びこの世の全てを見渡すこととなるのです。

コンタクトレンズワールド

 友人のコンタクトが紛失して大騒ぎ。地面に落ちたのか、それとも目のどこかに行ってしまったのか。本人はもちろん不安なんだけれど、見ている方もすごく不安になるのです。落ちていて踏んづけたらどうしようとか、何とかしてあげたいけれど目の中じゃどうしようもないよな、なんていう風に。でも、目のどこかにあったようで、上を向いて目を水平に戻したら黒目に乗っかり、急に視力が戻ったと言ってました。よかったよかった。

02.12.09(Mon) お題日記「ミニスカポリス」
 空から降る雪で大地は白に覆われる。年月の作った汚れ、排気ガスの黒ずみ、投げ捨てられたタバコ、その他もろもろ全て覆い隠します。気温は零度に近く、吐く息が白く凍り付きそう。両手に感覚はなく、耳は千切れそうで、間断なく体が震えるのです。
 とにかく暖を取り、芯から冷えた体を温めたい。それよりも、この心の寒さをどうにかしたい。真っ白な汚れのない雪の道へ足を踏み出すと、男の足跡がくっきりと付くのです。
 雪が降るのだって珍しいことだ、思いきったことをしてみよう、そうすれば体も心も温まるに違いない。自分の足跡を見て、突如そのような考えが浮かびました。汚れだって雪によって消えるんだ、だったら俺だって汚れても良いじゃないか。汚れたって雪のように消えればいい。

 ドアが開くと同時に人が流れ出て、その流れが収まったところで数人の待合い客と中に入ります。数分もすると凍えていた体も温まり、手にも感覚が戻って来る。二、三度手を開いたり閉じたりして、きちんと動くかどうか確かめ、いよいよ決行しようと強く自分に言い聞かせます。大丈夫、絶対に見つかりっこない。

 不自然な形で手が動く。そう、本来あってはならない動き。男は痴漢を働こうとしているのです。女に手を密着させ、感触を確かめる。女はきっと男を睨み付けるも、素知らぬ顔をして指を動かし続ける。誰も気が付かない、気づいているのは女だけ。これは明らかな犯罪行為で決して許されるものではないのに、女をさわり続けるのです。
 何という厚顔無恥な卑劣感。見つかって社会的に抹殺されても文句は言えまい。それほどのことをしていると知りつつも、男は止めようとしないのです。男の体は冷たかった、しかしそれ以上に心は冷たかったのです。

「そこまでよ」

 唐突に腕を捕まれる男。見つかりっこないと思っていた、いや、思いこんでいたのです。しかし、腕をぐいっと引っ張り上げられると、どうその場を取り繕うかで頭がいっぱいになり、混乱してしまう。
 掴んでいる主を見ると、生足をこれでもかというぐらいに見せつけるようなタイトなミニスカートを履いた婦人警官。

 まずいぞ、どう取り繕ってもこの状況は言い逃れできない。今まで散々女にわいせつな行為を働いていたのですから。がっくりと首をうなだれると、その目線にある足に目が釘付けになってしまう。それに気づいて自分自身が馬鹿に思えてなりません。男の性(さが)、それとも彼自身が異常性欲であるためか。張り裂けそうなぐらい早い鼓動を打ちならす心臓。この場から走って逃げたい、一刻も早く立ち去りたい。しかし、腕を捕まれているために叶わぬことなのです。
 婦人警官に引っ張られて行く。あぁ、もっと暖まりたかった。寒い。これから寒いところに行かねばならないのか。

 数時間前に男は思いました。汚れだって雪によって消えるんだ、だったら俺だって汚れても良いじゃないか。汚れたって雪のように消えればいい。
 だけれど、男はその時には気づきませんでした。真っ白な雪に汚れが付くと、そこだけ異様に目立つことを。俺はなんて馬鹿なんだろう。

 ミニスカートを履いた婦人警官に連れられ外に出ると、男の頭に雪が舞い降ります。それを彼女は降り払いながら、また来てねと白い息を吐きながら言う。

 愛想を振りまき声をかける女は、青いタイトなミニスカートを履いた婦人警官。男が振り返ると、そこに女はすでになく建物に引っ込んでしまった様子。元々女がいた場所には極彩色の看板があり、こう書かれていました。

「イメクラ・ミニスカポリス」

 彼女と喧嘩した寂しさからつい来てしまった風俗。彼女に知れたら、そう思うと必要以上に寒く感じます。後を振り返ってはいけない、自分自身に言い聞かせる。

 空から降る雪で大地は白に覆われる。真っ白な汚れのない雪の道へ足を踏み出すと、男の足跡がくっきりと付いていました。

Web-Happy.com

 僕は風俗には行ったこともないし、行くつもりもありません。それに、痴漢行為などもってのほか。ただ、世の男性に風俗に行くなというのは無理な話で、たまった欲求のはけ口が痴漢行為をさせてしまう可能性だってあるやもしれん。だけれど、風俗に行って心が満たされるか、暖かくなるか、というのはまた別な話。ついでに言うと浮気もしませんよ、僕は。度胸も甲斐性もありませんからね。

02.12.10(Tue) 無言で威圧する瞳
 きらきらとした純粋な目、あるいはどろんとした死んだ魚のような目。それらの目が一斉に僕を見る。舐められちゃ駄目だ、こちらが食ってかかるような感じで行かないと。
 普段から多くの人間と一度に会わない者とって、スピーチで注目を浴びるのがどれほど恐ろしいものか。考えてもみて下さい、一度に数百という目が自分に注がれる光景を。こいつらは何を考えているんだろう、なんていう余裕なんて全くありません。自分で喋っていることもわからず、冷たい汗が額や脇からじっとりと出て、手はびしょびしょで、足は震えて倒れそうになるのです。

 狭い教室での発表ぐらいならばさほど恐怖を感じないでしょう。周りはみんな友だちで、もし仮に突っ込んだ質問をされても、教師がいて助け船を出してくれるのですから。

 しかし、全く違う世界に一人放り込まれ、数百という人間に囲まれたらどうなることでしょう。言葉が全く通じない相手に囲まれたら。その目が一斉に自分に注がれたら。考えるだけで身震いしてしまいます。

 今、全ての目が僕に対して一斉に注がれています。数が多すぎて、どのぐらいその場所に入っているのかすらわかりません。すごい数、としか言いようがないのです。ええい、舐められちゃ駄目だ。こちらから食ってかかり、お前らをまとめて飲み込んでやる。

 彼らの中に分け入り、つまみ出し、僕がしてきたことが正しかったのか問いただそうと思います。昨日から周到に準備してきたのだから間違いはないはず。
 さぁ、お前らを食ってやる。きらきらとした純粋な目、あるいはどろんとした死んだ魚のような目を持つ、お前達いくらを。

 目が一斉に見ている!

天然いくらと人工いくらを見分けるには?

食育大辞典、食育まめ知識より

 今日食べたのは天然物。昨日から醤油と酒につけ込んでおいたので、美味しく食べられました。でも天然物と人工物をスーパーで見分けるっていうのは大変じゃないかなぁ。筋子からほぐしているところを見れば安心だけれど。

02.12.12(Thu) 仲の良い夫婦
 朝は地下鉄の中、昼はビルの中、夜は布団の中、深夜は夢の中。日の光などほとんど感じることのない生活を送っているくせに、冬になると日の光を感じるために公園にやって来る。日照時間が少ない冬だからこそ、日の光を大事に思うのかもしれません。
 冬の公園は寒い。木々の葉はとっくに落ち、芝生は緑色の生気を失った茶色、子どももおらず、噴水だけが勢いよく遊ぶ。
 コンビニで買ってきたおむすびとお茶を一人で食べようと、僕は人気のないところを探します。一人になっていろいろ考え事をしたかったのかもしれませんし、ただ喧噪から逃れたかっただったのかもしれません。昨日高血圧で倒れた母のことも気にかかっていました。

 歩くのに疲れ果てベンチに座ります。しばらくボーっとしながらおむすびをぱくついていると、老夫婦が僕の前に座りました。仲むつまじく日向ぼっこをしに来たのでしょうか。

「お若いのどうしたね。浮かない顔をしているじゃないか」

「いえ、何でもありません。それより、ご主人達は仲が良さそうですね」

 夫婦二人見つめ合い、おかしそうな顔をして僕を見ます。僕は言葉をかけようとしたのですけれど、この二人に言うようなことなんて何かあるのでしょうか。長年連れ添った夫婦です、甘きも辛きも全て知り尽くした人に、僕のような若輩が言うことなんて。
 手を握りしめようとしたら、食べかけのおむすびが手に残っているのに気づきました。いけない、危うく握りつぶすところ。おむすびに目をやっていると、不意に視線を感じました。老夫婦がこちらを見つめているのです。

 お腹が減っていましたけれど、おむすびを二人にあげることに。僕のような若輩からは何もしてあげられないけれど、おむすびぐらいなら。袋に入っていたおむすびを、そのまま二人の方へ軽く投げました。一瞬戸惑っていたようですけれど、こちらに向かって首を少し下げ、美味しそうな顔をして食べ始める。

 朝は地下鉄の中、昼はビルの中、夜は布団の中、深夜は夢の中。僕はそういう暮らしをしていますけれど、老夫婦はどんな暮らしをしているのでしょう。それはわかりません。だけれど、二人は冬になると日の光を感じるために公園にやって来るのです。

 僕からのおむすびを食べ終えた二人は、何事もなかったかのようにまたくつろぎ始めました。去り際に彼らの写真を撮りましたので、ここに載せておきます。人の視線を気にすることなく日の光を楽しむ、本当に仲の良い老夫婦です。

 仲の良い猫の老夫婦

CAT Photographers

 猫の老夫婦を見たら泣けてきた。母のことが気がかりだったので、涙もろくなっていたのかもしれません。もし将来結婚したら、何年経っても仲むつまじい夫婦になれたらいいなぁ。でもその前に、相手を見つけないと話にならないか。泣けてきた。

02.12.13(Fri) ノートとルーズリーフ
 うわぁ、なんて便利なんだ。始めてルーズリーフを使ったときに僕は感激したのです。これほど簡単に分類できるなんて、こんなに早く見たいものが探せるんだって。
 ノートにエンピツで文字を書き入れる。書き入れられた文字はページを埋めていき、それがいつしかノート全てを埋め尽くす。
 小学生の頃。隙間なくびっしりと書き込まれたノートを本棚に入れ、時折それを出しては眺めていました。ただし、あまりにも冊数がありすぎて国語の隣は算数、その隣は社会といった風に、どこに何があるかは取りだしてみないとわからない。いつしか僕はノートを使うのを止めたのです。

 中学校に入る頃には、ルーズリーフを使っていました。周りの子もみんなルーズリーフだったような記憶があります。ノートを使っているのが格好悪い、というのではないのだろうけれど。黒板の文字をノートに書き込んでは一枚挟み、ルーズリーフのフォルダーがいっぱいになっていくのが楽しみだったのです。
 やはり家ではルーズリーフを大事に保管していました。五教科全部を一つのフォルダーにいれないで、一つ一つ国語は国語、数学は数学といった風に分けて収納するのです。一年も経つとそれぞれの教科ごとにフォルダーが満たされる。今度はすぐにパッパと取り出せます。学年事、分類事に仕切を作り、几帳面に扱っていたのですから。

 高校の頃は勉強にさして魅力を感じなくなり、教科Aはノート、教科Bはルーズリーフというように、かなりいい加減に保管していました。どのノートがどの強化か、ルーズリーフに入れたのは物理だったか英語だったか。そんなことすらわからない時もありました。だから成績も凡庸、教師にしてみればごく平凡な一生徒でしょう。

 新たなルーズリーフを手に入れる。紙ではなく、ハードディスク上のルーズリーフです。
 うわぁ、なんて便利なんだ。これほど簡単に分類できるなんて、こんなに早く見たいものが探せるんだって。マウスを弄りながら、僕は少々興奮しています。

 びっしりと書き込まれた文字、いろいろなサイトをマウス一つで次々に切り替える。一つのルーズリーフには複数のテーマ。それと同じように一つのウィンドウで複数のタブ。
 紙ではなく、ハードディスク上のルーズリーフ。タブブラウザーは便利なものなのです。

Sleipnir Support Page

 タブ型ブラウザ、スレイプニール。Macでタブ型ブラウザを使ったときには、メモリ不足から十分な性能を出し切れず、すぐに削除してしまったのです。タブブラウザの使い勝手を知らずにIEを使い続けていました。今日WINにスレイプニールを入れたら何と使いやすいことか。IEはもう使わなくてもいいや、むしろ使いたくないと思いました。
 Macのタブ型ブラウザも使いたいけれど、メモリが不足しているからなぁ。土日に買いに行こうかな。

02.12.14(Sat) 亀甲占い
「おぉ、何たること。このひびの入り方・・・いずれ凶事が訪れるであろう」
 神官たちがなにやら深刻な面もちで話し合いをしています。災いがこの国に降りかかるであろうとの占い。国政から天候に至る、国に関わるありとあらゆる重大事を決める亀甲占い。今まで一度も外れたことがありません。

 甲羅には無数のひび割れ。それが何を意味するかは占い師にしかわかりません、してそのお告げが凶事とは。一体どうなってしまうことやら。台風が来るのか、大地震か、国庫が空になってしまうのか、あるいは。
 謎が謎を呼ぶのです。わかっているのは国の重鎮だけ。それにしたって、占いの結果を嘆き、狼狽するばかり。

「もう一度やり直すことは出来ないのか」

 いいえ、それは出来ません。占いは一度きりと相場が決まっているのです。そうではないと信憑性がなくなってしまいます。だから占いは一度、その一度で全ての運命が決まってしまうのです。

「おぉ、何たること。このひびの入り方・・・いずれ凶事が訪れるであろう」

 お告げが出たのは朝の事でした。そのお告げ、無数のひびを無視してフィットネスに行くと凶事が僕を襲うのです。ひびが入っていた足の爪、服を脱ぐときに気が付いたら見事に割れていました。亀甲占いは絶対なのです。

山手線占い

 東京ローカルですみません。僕は品川でした。秋葉原や渋谷ではないと思っていたんだけれど品川って。下車したことないよ。

02.12.15(Sun) 粉ふきいも
 疲れていました。出来ることならこのまま目を閉じ、眠りについてしまいたいほど。ガスコンロの前に立ち料理をどうするか検討中。食材はじゃがいも、さて何にしようかな。
 いろいろ頭の中にじゃがいも料理が浮かびます。ポトフにコロッケ、煮物なんていうのも良いな。だけれどそんな料理を作るほど時間もなかったし、第一疲れていたので料理をする気力がなかったのです。
 じゃがいも、じゃがいも。うーん、そういえば一番始めに作ったじゃがいもりょうりは何だっけ。家庭科でならった粉ふきいもだった気がするなぁ。あれなら手間もかからないし、初心に帰ってやってみるか。ソーセージにでも添えれば良いよね。

 皮をむいて鍋に入れ、水をひたひたにして煮る。火が通ったらゆで汁を捨てて。コンロの火から離して鍋をしたまま軽く揺すると。粉が吹いて粉ふきいもの出来上がりと。あぁ、簡単簡単。こんなに簡単なのに、どうして疲れるんだろうなぁ。

 僕はとても疲れていました。出来ることならこのまま目を閉じ、眠りについてしまいたいほど。ガスコンロの前で鍋の蓋を取ると、きれいな粉ふきいもが現れる。

 電子音が鳴り響き洗濯の終了を知らせます。フィットネスで運動しすぎで汗びっしょりのウェア。今日は運動やりすぎて、身体から塩が噴きました。

 軽く身体を揺するなんていうものではなく、まるでじゃがいも粉ふきいも。

お料理コーナー

広島名産安芸津町赤崎のじゃがいもより

 ええっとですね、冬になると肌が乾燥して、肌が荒れて白っぽくなるのも粉ふきいも。ハンドクリームを鞄に忍ばせる、そうしないと肌カサカサでどうしようもないのです。

02.12.16(Mon) 歩き疲れて
 踵から地面にしっかりと足を踏み、足の裏全体に体重を乗せ、地面をつま先から離す。右足、左足、規則正しく交互に歩くと景色は変わる。今見えている光景は一歩前とは違うし、これから踏み出すのもまた違うものになるでしょう。
 歩くという行為が好きなのです。走るのも好きですけれど、一歩一歩踏みしめている、街を感じているというのがたまらなく好き。足を踏み出すごとに雑念は遙か後方に流れ、目前から新たなアイディアが突如として飛び込んでくる。
 京都は銀閣寺近くにある哲学の小道、なんて洒落たものではないけれど、僕にはいくつかお気に入りの散歩コースがあるのです。普段は一人で歩くのですけれど、今日は友人が一緒。夕食後の腹ごなしに歩こう、という成り行きです。

「たくさん食べたから、腹ごなしに歩くのも良いでしょ」

「まぁね。でも私、あんまり歩けないわよ」

 彼女の足を見るとなるほど納得、ブーツを履いているのです。彼女はブーツが原因とは言わなかったけれど、歩きにくそうなのはよくわかります。ブーツは見せるためのもの、足を冷やさないための防寒靴。歩くために最適化された運動靴とは違うのです。
 だから、無理をしなくてもいいよと声をかけました。彼女の答えは「平気よ」。どうやら彼女は少し歩きたかったようです、酔いを醒ましたいというのもあったのでしょう。

 しかし、ブーツは歩き難いと見え、十分ほどで根をあげました。

「ごめん。足が棒みたいになっちゃった」

 質実剛健な運動靴を履いている活発な女の子も好きですけれど、ちょっと歩くと足の感覚がなくなるような靴を履く、そんな女の子のおしゃれは好きなのです。
 愛しい、と急に思いました。今まで良い関係でいたのに、彼女を独占したくなったのです。あぁ、酔っぱらってフラフラして、足も疲れて歩くのもおぼつかない子に悪巧みをするなんて、なんていう下劣な行為。頭ではわかっていても、行動に出たくなりました。

 彼女を家まで送り届けます。いつもであれば駅で別れるのに、水を一杯もらおうという口実で彼女の家まで来てしまいました。あぁ、なんて下衆(げす)な。どんな下劣なことを考えているかなんて全く知らない彼女は、何の躊躇いもなく僕を家に入れてしまったのです。

 ソファーに腰掛け、ああでもないこうでもないと、これから起こす行動を頭の中でシュミレーションしていました。もし事を起こしてしまえば、見える光景は一歩前とは違うし、これから踏み出すのも今とは違うものになるでしょう。

 どのぐらいの時間が経ったでしょうか。水を取りに行った彼女は、いつまで経ってもこちらに来ないのです。疲れていたようだから酔いがまわったのか。それだったら大変だ、介抱してあげなくちゃ。介抱って一口に言ってもいろいろあるしね、ふふふ。

 狭い家の中で彼女を捜しているけれど、どこにもいる気配がないのです。おかしい、ついさっきまで一緒にいたのに。どうしたんだろう。さてはこちらの意図を読まれて逃げられたか。
 それにしても。外に出るにしてもここは彼女の家だし、一体どうしたことか。しばらく家の中をうろうろしたものの、彼女は帰ってこないのです。仕方がない、今日はもう返ろう。何もなかった方が良かったんだ、このまま友だちの関係でいる方が心象を悪くするよりは余程良い。今なら酒に酔って友人の家で潰れた間抜けな男、で済むのだから。

 そうやって気を取り直し、僕は玄関に向かうのです。あぁ、僕の足も疲れて棒みたいだよ全く。ぶつぶつと文句を言いながら靴を履きます。
 するとどうでしょう、どこからか助けてという声が聞こえた気が。彼女の声です。あれ?声が近いけれど、家にいるの?声のする方向へ目を向けると、そこには彼女のブーツが綺麗にそろえておいてありました。

「ごめん。体が棒みたいになっちゃった」

 ブーツに棒が刺さっておりそこから声がする。彼女の声。ちょっと前まで一緒に喋っていた憂いのある柔らかな声の持ち主は、今やこんなわけのわからない棒になってしまったのです。しきりに足が棒になっちゃうよと言っていたけれど、まさか本当にこんな姿になるとは。僕も疲れて足が棒になりそうだと思ったけれど、まさか僕も彼女のように?うそだろ、何かの冗談だよね。そうだよ、酔っているに違いない。そう思いたいのだけれど頭は冴えに冴え渡り、目まぐるしく今の状況を分析しようとしているし、それをきちんと自覚しています。
 ヒーッ!僕は恐ろしくなって、その場から逃げようと足を動かそうとする。しかし、ピーンと足が突っ張ってしまい動かず、僕の意識から切り離されてしまっている。そう、僕も動けなくなってしまったのです。何故なら、僕の体も彼女と同じく一対の棒になってしまったから。


 京都は銀閣寺近くにある哲学の小道、なんて洒落たものではないけれど、僕にはいくつかお気に入りの散歩コースがあるのです。僕は今、風を切って歩いています。
 歩くという行為が好きなのです。走るのも好きですけれど、一歩一歩踏みしめている、街を感じているというのがたまらない。足を踏み出すごとに雑念は遙か後方に流れ、目前から新たなアイディアが突如として飛び込んでくる。

 ほら、言っている側からやって来た。

 妹のブーツ、足が棒になる!

生活靴図鑑 足音きれい。

 靴の手入れは面倒くさい。僕は普段から革靴を履くので手入れは欠かせない。と言いたいところだけれど、あんまり気を遣っていない。軽く靴墨を塗るだけで終了。女の子はブーツを履くので、手入れはさぞ大変だろうなぁと思うのです。何せ面積があり、蒸れるだろうし、型くずれも心配。そうまでして履く靴だから、可愛く見えるのかなぁ。

02.12.17(Tue) 震える体、狭まる間隔
 体が震えてなりません。始めにそれを感じたのは朝早く、電車を下りてすぐだったと記憶しています。冬の中休みか、今日は大して寒くもないのにぶるぶる。
 一時間の間隔。大ざっぱではありますけれど、午前中はそのぐらいの周期でふるえていました。場所は路上、廊下、それにトイレ。どこにも接点はありません。忘れた頃に震えが来る、という感じでしょうか。僕は少々怯えていました、どうして体が震えるんだろうって。
 体調は良いとは言えません。昨晩は二時間程度の仮眠を取っただけで、夜通し友人から借りた本を読んでいました。今週末には返そうと決めていましたけれど、一日で読み切るつもりはなかったのです。読み始めたら手が止まらず、気が付けば朝になっていたという次第。だから、日中はフラフラしていました。寝不足による体調不良、額から不快感を伴う脂汗が流れます。

 しかし、それぐらいのことで震えが来るのでしょうか。寒いから震える、風邪を引いているから震える。これなら経験したこともあり、納得が行くのです。寝不足で体が震えるなんて、一度だって聞いたことがありません。学生時代に締め切りに追われ大曲を作っていたあの時。そう、三日か四日ほど徹夜して、駅の階段で貧血を起こして倒れた時だって、震えたっていう記憶はないのです。

 ぶるぶると、また震える。何だこれは。なんでこんなに頻繁に。午前中は一時間間隔だったものが、午後に入ると三十分に周期が狭まり、五時頃には十五分間隔となっていたのです。やめろ、やめてくれ。そんなに震えても僕にはどうすることも出来ない。

 始めにそれを感じたのは朝早く、電車を下りてすぐだったと記憶しています。冬の中休みか、今日は大して寒くもないのにぶるぶる。ここでは暖房も付いており、上の服を一枚脱いでいるにも関わらずぶるぶる。もうやめてくれ。

 ポケットから携帯が落ちる。そこには数時間に渡って送り、送られ続けたメールが記憶されている。狭い画面にはこう書かれています。

RE: RE: RE: RE: RE: 忘年会の件

 忘年会のお知らせ。僕の体調不良のため行くかどうか散々悩んだ結果がぶるぶるでした。体調不良のため行くかどうか散々悩んだ結果はノー。相変わらず僕の携帯はぶるぶると震えています。忘年会の模様を伝えるメール。みなさんすみません、新年会は必ず出ますからね。

忘年会・新年会はココがおすすめ!!

ぐるなび、今月の特集より

 幹事さん必見、とあります。僕は家で飲む派でして、飲みに行くことが少ない。どうせ行ってもジョッキ一杯程度しか飲めないために飲み負けるので、悔しくて仕方がないのです。だったら好きなビールやブランデー、ウィスキーなどを一人でちびちびやっている方がいいや。
 なんて負け惜しみを言いたいのだけれど、人の話を聞くのって好きなんですよ。忘年会は飲まなくてもいいから、食事会にならないものだろうか。無理だな、日本の年中行事だし。

02.12.18(Wed) 風雲
 障子はがたがたと音を立てて、隙間からは風が入ってくる。風の強い日だった。少し開いた障子の隙間からは空が見え、風に押されて雲が流れていく。
 お天道様が昇り暖かい日差しが入ってくるようになると、人々は活動を始める。武士、農民、職人、商人。天下に身分の違いはあれど、日の光は四民平等にやって来る。こんな世知辛い世の中だけれど、そんな様子を見せずに働く人々。侍は一番上の階級だというけれど、本当にそうであろうか。
 ぶらぶらと市を歩きながら考える侍。こうして米の飯を食えるのは誰のおかげか、それは一重に農民が苦労して田を耕し稲を植え収穫しているからだろう。それを巻き上げているだけの武士は、果たして一番上の階級たる資格などあるのだろうか。ましてや飢饉が続いた厳しい冬のこと、民は搾取されていると感じているに決まってる。

 雲は良い。流れに身をまかせていれば、どんなに厚い層でも吹き飛んでしまう。それに泣きたいときには雨の涙を流せるし、笑いたいときにはお天道様がつき合ってくれる。ところが俺ときたらどうだ。嫌がる農民から強引に米を奪っているだけではないか。血も涙もなく引っ立てる、これのどこが偉いというのだ。涙を流すことも出来ず、笑うことも出来ないなんて。

 そんな理不尽とも感じる己の職務を考えると、鬱々とした気分になる。だからこうして市に来て、美味いものでも買って、憂さを晴らそうとしているのに。俺の心の奥底よ、どこまで層の厚いもやもや雲か。
 不意に誰かが袖を引っ張る。辺りを見回すと誰もいないのに、まだ誰かが袖を引っ張っている。目線を水平の位置から下にずらすと、小さな女の子。侍はかがみ込んで、どうしたんだいとやさしく尋ねます。

「お侍さま、お願いです。この壺を買ってくださいませ」

 青磁であろうか。小ぶりの壺を女の子は見せるのです。世事に疎い侍のこと、物の価値などとんとわからぬけれど、興味を引かれるのです。

「お嬢ちゃん。どうしてこの壺を売ろうと思ったんだい」

「この壺は死んだおっ父が残してくれた大切なもの」

「だったら何故」

「おっ父は一生懸命働いて米を作ったけれど、飢饉が続いて不作だった上に年貢を納め、おっ父の残してくれた食べ物もなくなり、これを売らないと食え死にしちゃう」

 嗚咽のために最後の方は聞き取りづらかった。この子は必至だ。汚れた格好をしているけれど、心は清水のように澄んで綺麗なはず。壺がどれほど値打ちがあるかわからない、だけれどこれが俺がこの子にしてやれる唯一のこと。直接この子の父親から年貢を奪ったわけではないけれど、何とかしてやらねばならん。
 本当は価値がないものかもしれない。だけれど、言い値で買ってやろう。でもこの子の心を傷つけないために、一応しっかりと物を見るふりをするか。あまり簡単に金をやると、こちらの心を読まれてしまうやもしれぬし。

「どれ、一つ見せてもらうかな」

 その子の腕から壺を取り上げると、両の目を近づけ、外からぐるりと回し見る。次には中を改めるため、蓋を取り、頭上に掲げ下から覗き込む。うむ、暗くてよく見えないな。そう思い、目を壺の穴すれすれまで近づけ中を見ると。つーっと、蜘蛛が糸を垂らしながら下りてきた。それも侍の顔に。

 ぎゃっ、と叫び壺を放り出すと、空中で弧を描き、地面に落ちて割れる。割れる音は侍には聞こえなかった、何故なら突然得体の知れない物が顔に乗っかり気が遠くなり、更に大きな音を立てて地面に倒れ込んでしまったのだから。

 壺は、蜘蛛は、そして女の子は?両手を握りしめながら僕は目覚めました。あぁ、そうか。あれは夢だったんだ。ベッドの上で半分体を起こしながら、夢の出来事を反芻します。もし蜘蛛が出て気絶しなかったら、どういう帰結になったのだろう。ハッピーエンドにはならなかっただろうなぁ。心臓は未だに激しく打ち、こめかみがどくどくしているのがわかります。よほど興奮したのでしょうか、呼吸も寝ていた人のそれではなく荒い。
 もう一度眠りにつこうと体を半身の体制から仰向けにした時、視界の角で何かが動くのを捉えました。そちらの方を向くと、天井から蜘蛛が顔の付近につーっと糸を垂らしながら降りてくるではありませんか!

 ぎゃっ、と叫び蜘蛛から逃げようとすると、僕の体は大きな音を立ててベッドから落ちてしまいました。いててて。

 そうか、お前があの夢を見せたのか。でも、どうしてあんな夢を見せたかったんだろう、違う夢でも良かったろうに。僕は蜘蛛の糸をすくい取り、窓の外へ逃がしてやりました。

 蜘蛛は窓から外に行き、上を見上げれば風に押されて雲が流れていくのが見えました。雲の切れ間から朝の日差しが微笑みかける、良い一日になりそうです。

蜘蛛の糸

青空文庫、芥川 竜之介より

 朝に見た夢を慌てて紙に書いたもの。実際に部屋に蜘蛛もいたし、殆ど脚色していません。まぁ、上からつーっと降りてくるっていうのは違いますけれどね。壁にへばり付いていたのを外に逃がしたっていうお話です。

02.12.19(Thu) 真夜中にする音
 万物の精気を感じる朝とは違い、夜は静かであればあるほど寂しい気がするのです。これから活動を始めるものと活動を終えるもの違い、その違いが作業に影響を与えるような気がするのです。
 僕はコンピュータに向かってレイアウトチェックをしています。メインマシンであるMacではなく、汎用性の高いWINで確認し、場合によっては修正する必要があったのです。
 眠くはない、だからといって夜に作業をしなくても。たまたまWINの置いてある一階にいて思いついたように作業を始めたら、あっと言う間に時が過ぎてしまうのです。夜中も零時を過ぎ、家人のいないリビング。いつ終わるとも知れない作業に没頭したいのですけれど、キーを打つ音が妙に気にかかる。あぁ、タイプするこの音ってイライラするな。よし、音楽でも流そうか、少しは気が紛れるかもしれない。

 ラジオをFMに合わせしばらく聞いていましたけれど、今度はDJのお喋りが耳に付き、作業の邪魔をするのです。そのためお気に入りであるバッハのチェロ組曲のCDを入れ、紅茶を飲みながら、また作業に向かいました。
 その後は音に対して気になるところなどなく、ディスプレーに向かい、マウスを動かし、キーを叩き、黙々と仕事を進めていくのです。
 どれだけ時間が経ったでしょうか。いつの間にかバッハすら意識の外に追いやり、何の雑念もなしに、ただ作業に没頭する。htmlと心静かに正対する、恐れも迷いもなく。無我の境地。始めあれほど気になっていたキーを打つ音も、今や全く気になりません。全ての音がなくなっていました。

 時計を見ると二時。何杯目かの紅茶を入れ、くつろぐためにソファーに座りました。あぁ、もう少しで終わるな。この様子ならあと三十分もすれば眠れるだろう。軽く目を閉じ、伸びをした時でした。どこからかピシッという音が聞こえます。

 ん、今の音は一体?辺りを見回しても異常ありません。疲れているのかなぁ、慣れない作業は神経使うから。気を落ち着けるために、もう一杯紅茶を口に付けようとしたその時。またどこからかピシッとう音が。
 いくら疲れているとはいえ、二度も聞こえれば空耳ではないでしょう。聞き覚えのない音です。一番近い音を想像するに、たき火の時に出るパチッという音でしょうか。僕は火の元を確かめに台所に行きましたけれど、元栓はきちんと締められていました。

 台所の時計に目を見やると、二時を少し回ったところ。二時と言えば丑三つ時、幽霊が出る時間。それでは今のピシッという音は、ひょっとしてラップ音?背筋がすーっと冷たくなります。足下も冷えてきました。体もブルブルと震えます。まさか。本当の本当にラップ音?またピシッっという音がします。先ほどよりもはっきりと、脳に刻み込まれるような音。
 ヒーッ!その場から立ち去りたい、しかし真相を究明したい。その相反する二項の板挟み。動けぬ間にも、ピシピシという音は先ほどとは比較にならない程多く聞こえるのです。

 真夜中の二時は草木も眠る丑三つ時。人は眠りにつくけれど、幽霊は活動を始める時間。これから活動を始めるものと活動を終えるもの違い、その違いが僕の神経を凍らせようとしているのです。

 思い切って音のする場所を見ると。そこにはボールに張られた水があり、つけられた豆が静かに沈んでいました。小さな豆が時折動くのです、ピシッという音を立てて。

ひよこ豆.com

 乾燥したひよこ豆を戻すよ、っていうのを母から聞いたはずなのに、すっかり忘れていました。夜、寝静まったときに出る音っていうのは、たとえどんな小さなものであろうと、神経に障るみたいです。昼間だったら気が付かないんでしょうけどね。あ、ひよこ豆はカレーに入れて食べました。豆の残りはスープに入れる予定です。

02.12.20(Fri) 飲む女
 胡桃色したタートルネックのセーター、黒いコーデュロイのパンツ、胸には品の良さそうなネックレス。潤んだ眼差し、赤い頬。しっとりと濡れたような唇。卓上には飲みかけのビール、グラスに口紅の跡がくっきり。
 その場にいた大半は知らない人でした。住んでいる場所も、職業も、みんな違う。友人の代わりに出席を引き受けたものの、僕は場違いな感が否めない。どうしてこんなところにいて、酒を飲んでいるんだろう。不思議で仕方がなかったのです。盛り上がる宴席とは裏腹に、僕は落ち込んでいました。来なければ良かった、調子の良いこと言って連れてきやがって。友人に当たりたいけれど、彼はここにいないのです。それもそのはず、連休を利用し彼女と旅行に行ってしまったのだから。
 やるせない思いをぶつけるべく、別の友人に携帯メールを打つ。いくら会費が無料だとはいってもこれでは面白くない。

 幸い角の席にいたので酔いにまかせて背を壁にもたれながら、メールを打とうと携帯を取りだしたとき、彼女が声をかけてきたのです。楽しんでいますかって。もちろん「つまらない」とは友人への義理もあるので口が裂けても言えません。だから当たり障りのないように、いかに楽しんでいるかというのを身振り手振りを交えて大げさに伝えます。

 返事は意外なものでした。彼女はあまり楽しんでいない、とのこと。どうしてそうなのか興味を持ち、少し話をするうちに、彼女も頼まれてここにやって来たのだと知りました。
 たったそれだけのことですけれど、彼女に対して急速に親近感が湧き、どうして僕がここにやって来たかを告げるのです。えっ、と驚く彼女。僕に興味を持ったのか、まじまじと顔を見つめ、いろいろなことを聞き始めました。職業、趣味、好きな物、最近見た映画。
 僕の方でも同様の質問をしてみます。会話はキャッチボール、あるいはシーソーか。とにかくよく喋りましたね。女性に対する質問としてはどうかと思ったんですけれど、彼女が先に年齢を聞いてきたので、僕も聞いてみました。

 彼女は少し思案しています、どうしたのでしょう。質問が悪かったのでしょうか。いくら打ち解けてきたとはいえ、初対面の人にしてはいけない質問だったかもしれません。答えあぐねている時に、彼女の様子を何気なく見ていました。

 胡桃色したタートルネックのセーター、黒いコーデュロイのパンツ、胸には品の良さそうなネックレス。潤んだ眼差し、赤い頬。しっとりと濡れたような唇。卓上には飲みかけのビール、グラスに口紅の跡がくっきり。

 空になったビールを自分の手で注ぐと、まじまじと泡の辺りを見て、ゆっくりと口を付け、喉に入れる彼女。ふぅ、っとため息を付き、独り言のような小さい声で言いました。

「年は・・・忘れたわ」

 彼女の空になったグラスに僕はなみなみとビールを注ぎ、二人で各々のグラスを持ち、軽くチンと合わせました。

「忘年会に乾杯」

女に年齢を聞く事

なんちゃって美人は今日も行く、マジな話より

 聞かれたから思わず聞き返してしまったけれど、普段はあんまり年を聞くことはないかなぁ。人の年齢に興味がないのかもしれません。でも、ああいう風に答えてくれて、救われた気持ちがしました。彼女もちょっと考えてから笑ってくれたしね。

02.12.21(Sat) ウサギとカメ
 自分の身に危険が迫るとカメは体を甲羅の中に引っ込める。こうなると敵する者はなく、声をかけても身動き一つしないのです。
 カメは高を括っていました。どうせウサギの奴は俺に追いつけまい。かつて競争を吹っ掛けておいて負けた馬鹿、そんな間抜けにこの俺が負けるわけがない。

 あーあ、もうこんなの出来レースだよ。仕組まれているっていうのかなぁ。だってどうせ奴は怠け者で、ぐーたらで、どうしようもないんだもの。何度やったって俺が勝のは予定調和って言うのかなぁ。負けないよ。余裕だもんね。
 だからさ、今回はちょっと俺もさぼって見ようと。まぁね、俺は足は遅いよ。そりゃ間違いないよ、この手足を見ればわかると思うけどさ。考えたよ、どうやって楽して勝つか。
 例えばさ、酒を盛るなんてどうよ。奴が毎晩酒を飲んでいるっていうのは有名な話。だからね、その酒をもっと強いものに変えるのさ。え?毎日飲む酒は決まっているって?そりゃ困ったな。落とし穴掘るとか、罠を仕掛けるっていうのは?え?それも簡単にかわされるって?まいったな、こりゃ。一本取られたよ。

 もういいわ。そんなことしなくても、ウサギのウスノロに負けるわけがない。どうせ奴は途中で居眠りこいてしまうに決まってる。そうさ、そうに決まっている。何だよ、心配するほどのことじゃないわ。あっはっは。
 あーあ、なんか安心したら眠くなってきちゃったよ。昨日酒飲んだから眠くなって来ちゃったよ。よし、寝るかね。もうゴールは目の前だし。寝よ寝よ。

 カメはお気に入りの睡眠ポーズ、つまり甲羅の中に体を引っ込めて寝てしまいました。こうなると敵する者はなく、声をかけても身動き一つしないのです。

 ふぁー、よく寝た。やっぱり二度寝は気持ち良い。雨が落ちそうな天気で、とても寒い朝。ストーブも加湿器もつけていない。僕はカメのように体をすくめ、ベッドの中でしばしうたた寝。一度目が覚めてから、二時間ほど眠ったでしょうか。

 二度目の眠りから目を覚まし、リビングに行くとテーブルの上にはりんご。すでに着替えて身支度を済ませた妹が、歯磨きしながら顔を出しました。

「起こしたのに起きないから、リンゴ黄ばんじゃったよ」

 リンゴはウサギの形に切られていました。その身は黄色に変色しており、時間の経過を示しています。

 今回のウサギとカメの競争、カメはウサギに勝てなかったみたいだね。

うさぎとかめ 〜それぞれの物語〜

 冬は布団から出るのが億劫、まして飲んだ翌朝ともなれば。作業部屋には暖房があるんですけれど、寝室にはないから布団は唯一の防寒装置。雨戸を閉めるとそこは夜。布団にくるまり頭まで覆い隠しカメになれば、どんな雑音も聞こえません。それが目覚まし時計や、ご飯の呼び声であっても。

02.12.22(Sun) イエローサブマリン
 航海日誌、12月21日。出向一日前。海は神秘的である。時に厳しい顔を見せるが、これまでのところ潜水艦乗りにとってはやさしい。穏やかで波一つない明日の出向が楽しみだ。
 航海日誌、12月22日。いよいよ今日という日がやって来た。この喜びをどう表現したら良いか。登山家はどうして山に登るのかと問われれば、そこに山があるからと答えるだろう。潜水艦乗りはどうして海に潜るのかと問われれば、そこに海があり、深海が待ち受けているからと答える。今からここに記す。出航の記録を。

 海は昨日と寸分変わらぬ穏やかな顔を見せています。しばらくはバラストタンクいっぱいに空気を入れ、海上を船のように航行する。平和な世の潜水艦なんて気楽なもの。かつてはUボートと呼ばれ忌み嫌われていたけれど、海洋調査の潜水艦はそんな血生臭い戦いなどとは無縁。海底深くに潜む石油を見つけ、資源を採掘し、あるいは深海生物の調査を行う。

 憧れはネモ船長。ジュール=ヴェルヌの書いた海底二万里は何度読み返したことか。そのたびに海への憧れを強くし、深く、誰よりも深く潜行出来る潜水艦乗りになろうと誓う。身一つを頼りに潜る、映画「グランブルー」のような生活よりも、機械を頼りに長時間潜れる潜水艦の方が好きなのです。生身の体で十時間、二十時間と海に潜り続けるのは到底不可能。しかし潜水艦ならば。

 そろそろ時間か、では潜ろう。

「バラストタンクに水を注入!」

 艦内に指令が伝達されると、ゆっくりとだが確実に船体が沈む。地上にいる人にとって、沈むという単語は気持ちが落ち込んでいる時に使うもの。我々のような潜水艦乗りにとって、沈むとは心躍る単語。船体は沈む、心は躍る。そう、沈みながらもウキウキしている。

「ボコン」

 唐突に、艦内に異音がしたのです。何だ、どうした?緊張に包まれる艦橋。地上の地震のようにぐらぐらと揺れる。おかしい、この付近に海底火山のようなものは無いのだけれど。更に激しく揺れる。怒声が飛び交い、指令は混乱を極め、誰にも状況はわからず、ただ狼狽するばかり。

 だが船長は思っていた。確信はないのだけれど、事態は深刻で、奇妙で、不可解。果たしてこれを乗組員に告げるべきなのだろうか、妄想と一笑に付されるかもしれない。
 かのノーチラス号は海底にて巨大タコだか巨大イカに襲われたそう。深海は未知の世界、まだ地上人の知らぬ領域が数々眠っている。ネモ船長はユートピアを望んでいた。しかしこの現実は。どうしてこんなに揺れている、これでは深海に希望なんてない!

「緊急浮上!バラストタンクより全ての水を抜け」

「メーデー、メーデー!こちらは潜水艦イエローサブマリン。巨大な生物によって襲われている。メーデー、メーデー!」

「もうだめだ、終わりだ!もう海には来ないし生涯近寄らない。神様、助けて!」

 ボコボコと揺れていた船体。何らかの生物によって命数を握られていた潜水艦であったけれど、ふっと艦の制御が戻ったよう。

「今だ!浮上せよ!」

 見えざる手から解放された艦は、それからすぐに水平線へ現れた。海上はいつものように穏やかで、今まであったことが嘘のよう。狐につままれたような、幻をみたような、そんなもやもやとした気分。
 しかし、我々は助かった、我々は助かったのだ!船を捉えたのは何だったのかわからないけれど、そんなことはもはやどうだって良い。生きる喜びを噛みしめる船乗りたち。

 航海日誌、12月22日補足。一年中で昼間が一番短く、夜が一番長い日。それが冬至と呼ばれる今日。風呂に柚子を入れ香りを楽しむ風習が日本にはあるそうな。

映画版「レッド・オクトーバーを追え」

野良犬の塒(ねぐら)、トム・クランシー作品より

 潜水艦映画には逸品が多いけれど、中でも好きなのはこれ。それはそうと、柚子風呂ってどうしても柚子で遊んじゃう。柚子を手で掴んでお手玉したり、湯船の底で潜水艦みたいと言ってみたり。そうだ、アヒル隊長でも買って風呂に浮かべるか。

02.12.23(Mon) 美味しさはまず視覚から
 うす茶色の長四角、それが積み重なっています。外には甘い砂糖がまぶしてあるようで、見た目からして美味しそう。
 過去に食べたことがある食べ物、しかも美味しい物は忘れません。その食べ物を見れば、昔食べた味が頭で再現され、口から唾液が分泌されるのです。あぁ、もう食べたくてたまりません。
 きんつば、芋で作られた美味しい和菓子。父親が買ってきてくれたのでしょうか、そうかクリスマスが近いもの、そのぐらいの家族サービスはあるかもしれないな。僕も妹も大人になったけれど、父からしてみればいつまでたっても子ども。たまにはケーキを買ってきてくれるし、寿司や餃子などのちょっとした夜食だって買ってきてくれる。だからテーブルの上にあるそれも、父が買ってきてくれてものでしょう。
 僕も子を持つ親となった時に、父のようにこうしておみやげを買い、家族サービスに努めたいもの。家庭内において何だかんだと非難され、粗大ゴミ扱いされる父親が多い昨今。父のように尊敬される親になれるのだろうか。そんなことを考えながら、おみやげのきんつばに手を伸ばす。

 うす茶色の長四角、それが積み重なっています。外には甘い砂糖がまぶしてあるようで、見た目からして美味しそう。
 それは冷蔵庫に入れてあったようで、よく冷えていました。間違えてチルドルームか冷凍庫にでも置いてあったのでしょうか、その身は凍っていました。

 まぁ、多少凍っていたところでどうということもないはず。歯は丈夫だし、欠けることもあるまい。父に感謝しつつ、凍ったきんつばを口に放り込み、口内で溶かしながらゆっくりと食べる。

 う、なんだこの味は!きんつばとは似てもにつかぬ味、それにとんでもなく不味い。罵詈雑言を吐き散らしながら流しに大急ぎで走り、水を慌ててコップに入れ、口の中の物を胃に押し流します。
 過去に食べたことがある食べ物、しかも美味しい物は忘れません。それだけではなく、極端に不味いものだって忘れないのです。その食べ物を見れば、昔食べた味が頭で再現され、苦虫を噛みつぶしたような顔になるのです。あぁ、もう吐きたくて仕方ありません。

 洗濯を終えた母が、流しで四苦八苦している僕を見つけました。

「あら?解凍しようと思って出しておいた煮こごり、食べちゃったの?」

 美味しさはまず視覚から、本当の味がわかるのは味覚から。見た目に騙されてはいけませんね。

 金つばと煮こごりはよく似ている

栗きんつば

楽天市場、栗粉餅本家 新杵堂より

 きんつばと凍らした煮こごりってあんなに似ているのね、見た目は同じ。しかし、触った瞬間に凍っているところで普通は気づくんじゃないのかなぁ、寝起きだったから頭回らなかったらしいです。

02.12.24(Tue) Merry Xmax to you
 街は若いカップルであふれかえっています。それもそのはず、今日はクリスマスイブ、キリスト生誕の前夜祭。かく言う僕の目の前にも、可愛らしい女の子がいて、ちょっと寒そうな格好をし、微笑みかけてくれるのです。
 今日という日を待ち望んでいた人は多いでしょう。それと同じか、それ以上の数の人間が虚しい思いをする日。電車の中では若いカップルがお互いの目を見つめ合い、甘い愛の言葉でもささやいているのでしょう。車内で何組の男女を見たのかわかりません。そういうときが僕にもあったなと、ちょっと切なくなりました。
 予約でも取っているのでしょうか。電車を下りると、レストランやホテルに消える恋人たち。まぁ、クリスマスは恋人だけのものではないので、僕も家族にプレゼントでも買って帰ろうかなんて。

 何がクリスマスに相応しいか。喜んでもらえるか。友だちは電話でケーキを買うと言っていたのを思い出し、僕もそれに習うことに。幸いにも駅前にはケーキ屋があり、出張で駅構内に店を構えていたのです。あぁ、これなら手軽で良いし、迷うこともない。そこそこのケーキを買えば良い。美味しいものを食べることが目的ではなく、あくまでクリスマス演出としてのケーキですから。

 速やかにケーキの売店の前に立ち、僕は品定めをする。ショートケーキがやっぱり定番でしょう。店の売り子さんに希望を告げ、袋に入れてもらいました。

 辺りを見回すと、カップルであふれかえっています。それもそのはず、今日はクリスマスイブ、キリスト生誕の前夜祭。

「はい、おまちどおさまでした」

 僕はお金を払うために、ポケットから財布を取り出しました。チャックの壊れている財布なので、お金の出し入れは厄介。寒さのために手はかじかんでいますから、尚更時間がかかります。一分ぐらいは格闘していたでしょうか、やっとの思いでお金を支払い、恥ずかしさを誤魔化すために足早にその場を後にする。

 すると、誰かが僕を呼び止める、小走りに走ってきた売り子のお姉さんです。かわいらしい赤いひらひらの、ちょっと寒そうなサンタの格好をし、微笑みかけてくれるのです。

「お客さん、これ大事なプレゼントでしょ?忘れちゃだめですよ」

 先ほど袋に入れてくれたケーキを僕に渡してくれました。そうです、財布に気を取られてすっかりケーキのことを忘れていたのです。彼女に礼を述べると、気持ち良い笑顔を返してくれました。

 ありがとう、かわいいサンタさん。メリークリスマス。

christmas.com

 たぶんあるだろうと直接アドレスを打ち込んだら、ちゃんとあった。それはさておき、父もケーキを買い、母もケーキを買い、妹もケーキを買うで、家中ケーキだらけになってしまった。家族そろって考えることはみな同じ、これも愛の形なり。メリークリスマス。

02.12.25(Wed) 食事も喉に通らない
 痛い。ちょっとお目にかかれないような痛さ。何をするにも神経に障り、集中できないのです。あいたたた。
 みんながそわそわとする時間、お腹がちょうど空いてくる昼食前になると、痛みは極限になろうとしていました。近年まれにみる痛さであることは明白。昼になって食事を一応するものの、痛みで喉に通らない。恨めしそうに弁当を見ながら、それを隣の女の子にそっと打ち明ける。

「あのさ、食事が喉を通らないんだよ。痛くて」

「あ、魚の骨でも喉に詰まりましたか?それならご飯を噛まないで飲み込むと良いですよ」

 手元には弁当屋で買った魚フライ弁当。得体の知れない魚でも、魚である以上確かに骨はあるけれど、別に喉に詰まったということではありません。

「いやね、そうじゃなくて」

「あぁ、風邪を引いて調子悪いんでしょう?それなら喉にネギってよく言いますよね」

 風邪を引いたらショウガ湯を飲んだり、ネギを喉に巻くと良いっていうのはどこかで聞いたことがある。ショウガは試したことあるけれど、ネギはないなぁ。でも、そんなことは関係ない。だって僕は風邪をひいていないのだから。

「いや、違うんだって」

「え、まさか喉頭癌とかですか?」

 喉頭癌だったら食べるのも厄介でしょう。それに、こんなところで平然と構えていないで、とっとと病院に行くっていう話。
 大きな声で喉頭癌なんて言ったものだから、注目の的になってしまいました。何人かが僕らの方に寄ってきて、大丈夫ですかとか、病院に行った方が良いんじゃないですかとか、大層なことを言い始めたよ。

 それにしても痛い。ちょっとお目にかかれないような痛さ。何をするにも神経に障り、集中できないのです。それにも増して、この会話をどう収拾するか。かなり話が大きくなっています。

 みんな違うんだよ、全然。まったく論点がずれている。確かに首が痛いさ、食事も取れないほど痛い。だけれど、みんな勘違いしている。いや、具体的に言わなかった僕が悪いんだけれど、もうどんな病気なのか、なぜ食事も喉を通らないほど痛いのか、興味津々という目でみるのはやめてくれ。首が痛いとは言ったものの、喉とは誰も言っていないんだよ。

 もう事態を解決させないと収まらない雰囲気になっている。僕が理由を言うのを待っている。めちゃくちゃ注目を浴びているのがわかるし、それを裏切るのは良くないと思う。しかし、そんなに期待するのはやめてくれ。
 深いため息をして、僕はボソリと呟きました。

「いやー、昨日の夜に寝違えまして」

 うなじの辺りを軽く触ると、痛みが僕を襲います。しかしそれよりも。その場の緊張が、一同の目が逃げて行き、かわりに白眼が僕を襲う。ちょっとお目にかかれないような痛さです、あいたたたた。


寝違え

心身健康堂、自分で治せる指圧講座より

 うーん、首が痛いのに足を指圧すると治るのはどうしてだろう。ツボというのは知識として知っているけれど、実際はよくわかっていないなぁ。東洋医術の不思議。

02.12.27(Fri) 会話不成立、そして喧嘩
 成立しない会話ほど腹立たしいものはない。その腹立たしさはどこに向かうか、どうやって解消されるか、前もって察知出来なかったのです。
 一年が足早に過ぎていく。まだ数日残っているけれど、後は掃除と年賀状書きに明け暮れる。だから立ち止まって考える間はないでしょう。
 平々凡々な僕らしく、今年も大過なく全うした気がするのです。肺炎を起こしたり、家に泥棒が入ったしたけれど、喉物過ぎれば何とやら。もう過去の出来事として受け止められています。八方美人で事なかれ主義の僕、人といざこざなんてもちろん起こしません。軽い軋轢はあったけれど、それも大事無くやり過ごす。

 歩きながらそんなことを考えていました、約束の時間に遅れそうなのに。そんな風にぼーっとしているから約束に遅れそうになるんです。仕方がない、近道をして行こうか。閑散とした公園を横切って。
 この公園は過去に嫌な思い出があって、あまり通りたくなかったのです。具体的な記述は避けますけれど、出来ることなら通りたくない。通れば過去の出来事が嫌でも甦るから。

 道から逸れて公園に足を踏み入れます。前に来たときにはここにベンチがあって、銀杏の葉っぱが落ちていて、なんていう風にすぐに思い出せる。記憶を辿りながら歩くのも悪くはない、そう感じ始めた時のことでした。前からやばそうな奴がやって来たのです。

「おう兄ちゃん、誰に断ってここに来た?」

 うぁ、ちんぴらだ。誰に断ってきたって。誰に断る必要もないでしょうし、まして言う必要なんて。ここは無視するに限ります、遅刻するわけにもいきませんし。

「おうおう、無視すんのか?ここがワシの縄張りだと知って通ってんのか?」

 ここまで頭が悪いと会話になりません、どうせ聞く耳持たないでしょうし。だから僕は黙りを決めていました。
 成立しない会話ほど腹立たしいものはない。その腹立たしさはどこに向かうか、どうやって解消されるか、前もって察知出来なかったのです。とうとうちんぴらはキレ始めました。

「待てやこら。おい兄ちゃん、兄ちゃん!」

 それはあまりに一方的でした。八方美人の事なかれ主義の僕が、その事なかれによって、今まさにちんぴらから糾弾されようとしているのです。やばいなぁ、どうしよう。こちらからよそ様に手を出すなんてそんな野蛮なことは出来ないし。でもそれこそ事なかれ主義というものか。よ、ようし。僕だってやってやるぞ。こんなちんぴらに負けるものか。

「ワン、ワンワン!ワン!!ワワワワン!!!」

 弱い奴ほどよく吠える。たぶん僕の怒りの声が届き、会話が成立したのでしょう。思い切って口にすると、それまでウーウーと威嚇してきたちんぴら犬はおとなしくなりました。


首都圏抜け道マップ

 抜け道というのは幹線道路が渋滞している時に役に立つのであって、深夜や早朝など幹線が流れている時間はあまり意味がないものなのです。
 日記の犬なのですけれど、かなりしつこく絡まれました。家の犬の臭いでも服に染み付いていたんだろうか。トップページにあります犬の絵がそれです。かわいいんだけれど、小さい犬はうるさい。

02.12.28(Sat) ひとりぼっちの鬼
 凍てつくような寒さの中、鬼はただ一人ぽつねんといた。人から恐れられている鬼にだって心はある、冬の寒さは鬼にはあまりにも厳しいものでした。
 心のやさしい鬼は、夏の間人々の前に顔を出す。この村において鬼は古くからの友人のように暖かく迎えられ、鬼の方でも村人を喜ばそうと精一杯努力しているのです。鬼は村人にとって爽やかな風、彼の顔を見ると夏の暑さも忘れてしまう。
 幸せでした。しかし、それは長くは続かない。鬼と人間では住む世界が違いすぎるのです。鬼は必至になって笑顔を見せるけれど、その笑顔は村人から何か裏があるのではと勘ぐられ、汚い物を見るような目で蔑(さげ)ずまれ、ありとあらゆる憎悪の念が暴雨のように激しく、雪のように冷たく降りかかってくるようでした。

 そうしてだんだんと鬼も村に顔を出さなくなり、そのくせ意地らしく村人に好かれようと人の視界に入らない村の隅でひっそりとたたずむようになったのです。鬼たちの住む里から遠く離れ、じっと笑顔を振りまく鬼。
 だけれども人々の反応は冷たいものでした。だんだん顔を見なくなると、そのうち存在すら忘れてしまうのです。里にも帰らない鬼。身も心も埃が被ったようになり、その辺に落ちている石ころ同然の存在。役立たずの大きな石。それが今の鬼なのです。

 凍てつくような寒さの中、鬼はただ一人ぽつねんといた。人から恐れられている鬼にだって心はある、冬の寒さは鬼にはあまりにも厳しいものでした。
 あぁ、俺は一体何のためにここにいるのだろう。鬼と人は共に生活出来ないのか。いや、夏はあれほどみんな仲良くしてくれたのに。俺が笑えばみんな喜んでくれたのに。今じゃどうだ、この通り埃だらけ煤だらけの忌むべき存在。独活の大木とはよく言ったもの。もう一度夏になれば、夏が来ればきっと。

 鬼の胸に去来したものは、人間に対する思いと、人ではなく鬼の姿への憎しみだったのかもしれません。鬼は誰にも一言も打ち明けることなく、村はずれでひっそりとしていましたから、いなくなっても誰も気づきませんでした。ただ一人、僕を除いては。

「あれ?前に来たときよりも部屋が広く見えるね?」

「うん。今更なんだけれど、大掃除のついでに片づけたから広く見えるでしょ」

 僕は思います、鬼はきっと仲間のところに帰ったのでしょう。そして来年の夏にまた村に顔を出し、人々に笑顔を振りまき、清風を送ってくれるはず。
 さようなら、扇風鬼。他の仲間とけんかしないで暮らすんだよ、掃除鬼やたこやき鬼と共に。


鬼の研究.com

 冬で寒いんだから、使わない扇風機ぐらいもっと早く片づけろ。扇風機って場所をとるのによく平気でいたものだ、呆れるやら感心するやら。大掃除がなかったら扇風機出しっぱなしだったに違いない。

02.12.29(Sun) Arca de Noe(ノアの箱船)
 人間の悪事に呆れ返った神様は、人間を滅ぼして世界を再び作り直そうと考えました。しかしアダム直系子孫で純朴なノアとその家族だけは生き残らせようと、ノアに箱船を造らせたのです。
 地上全ての生物一つがいづつ、ノアの作った船に乗せようとしたのです。しかし、ノアは巨大な船を造ることが出来なかったために、多くの動物を乗せることなど到底叶わなかったのです。出来たのは人一人動物がやっと乗るぐらいの船。神様は嘆き悲しみましたが、実は案外エゴイスト。だって創造主ですから、自らアダムとイブを誕生させることだって出来るのです。どんなことでも意のままお気に召すまま。まさに神の思し召し。
 ノアは小さな船しか造れなかったために、怒った神様はもうお前なぞ知らんと言い残し、ノアを乗船させませんでした。神様が選んだ動物は、知性もあり、理性もあり、飼い主に忠実な一匹の犬。ノアは自分が生き残れないのは悲しく思いましたけれど、飼い犬をせめて美しく旅立たせてやろうと、毛をきれいに切りそろえてあげました。犬は何をされているのかわからず、どこに行くのかもわからず、きょとんとした顔をしていました。

 いよいよ出発の時が近づいてきました、船のある場所にも水が流れてきたのです。不安な顔を見せつつもじっとおとなしくする犬。小さいながらもノアの作った頑丈な船、どんな荒波にも負けることはないでしょう。

「ワン!」

 犬は短く吠えました。一人で寂しかったから?いいえ違います。犬は身に降りかかった危険を察知したのです。足下から流れ込む大量の水、そのうち体まで塗れてしまうのではないのかと怯えて吠えたのです。犬は喋ることが出来ません、もし仮にこの状況を伝えるとしたら、犬は何と言うでしょう。

 それは神のみぞ知る。

 人間の悪事に呆れ返った神様は、人間を滅ぼして世界を再び作り直そうと考えました。それは遙か昔の話。伝説か、あるいは真実か。どちらの説ももっともらしく聞こえます。

 そんなことは犬にとってはどうでも良い話。ただ、災難から免れたことをホッとしているようでした。

 流しの犬。大掃除のついでに。

ノアの箱船

Holy of Holies、その他、聖書について、創世記より

 犬を見たいというリクエストが多々ありましたので、お答えしてみました。嫌な箱船ですね。大掃除のついで、どうせ流しも洗うから一緒に犬も洗おうということでした。風呂場で洗うより楽チン。

02.12.30(Mon) バーの片隅で【前編】
 年末ともなるとやることもなくなり、TVをつければ特番ばかりでうんざりする。フラフラと家を出て数時間後、行きつけのバーのカウンターに僕は座り、一人マスターの作る酒を飲んでいました。いつも通り、マスターに全てを任せて。酒が好きなくせにあまり強くないことを知っているから安心です。
 僕の隣には若いカップルがいて、キスするぐらいくっつくような位置に顔を寄せ、話し込んでいました。バーには音楽が静かに流れているものの、声の方が遙かに大きく響きます。男女が酔っているために自制が利かなくなり声が大きくなったからでしょうか。聞き耳を立てていたわけではありませんけれど、自然と会話が耳に入ってきたのです。

 どうやら今年に起こった出来事を振り返っているよう。政治から娯楽までいろいろなことが起こった一年ですから、バーの片隅で振り返るのも悪くはないか。

「今年前半はWTCテロの影、アフガンからの攻撃に怯えていたよ」

「そうね。アメリカ人は自分たちが思っているほど利口じゃないみたい」

 01年WTCを襲ったテロによりアメリカは報復行動を起こし、アルカイダを攻撃しました。しかし首謀者であると言われるビン=ラディンは未だ捕まっておらず、第二第三のテロが心配されています。それを契機にアメリカは軍備を整え、愛国心を呼び起こし、一国主義になろうとしているのではないか。と、世界中の国が思っているのです。嫌アメリカ、こういう世界的気運を米国民はどう思っているのでしょうね。

「日ハムの偽装事件もあったじゃない」

「あぁ、あったあった。人のフリみて我がフリ直せだよね」

 雪印乳業がどんな末路を辿ったかは、全国民が知っていると言ってもいいでしょう。そのため、日ハムの偽装事件が起こったときには唖然呆然。結局のところ、上層部の人達が何を考えるかによって企業っていうのは決まってしまうのかも。鶴の一声なんて言い方しますしね。雪印に日ハム、それに原発の故障隠し。日本人の根底にあるのは「臭い物には蓋をしろ」の精神なのでしょうか。まぁ、海の向こうにもエンロンという悪い見本もあるのだし、アメリカに習えはそろそろ考え物です。

「ノーベル賞の田中さんもすごかった」

「うん、すごかったね。ところで田中さんって何でノーベル賞取ったか知ってる?」

「え、何だっけ?」

 まぁ、ノーベル賞がすごいというのは誰でも知っているでしょう。だけれどどんな研究をしたのかを知る方が、もっとすごいことなのでは。田中さんは「タンパク質解析技術の開発」で化学賞、小柴さんは「素粒子ニュートリノの観測」でノーベル物理学賞。
 日本のマスコミが受賞会場のストックホルムまで押し掛けていき、あまりに馬鹿げた意味のない質問攻勢のため向こうの人に怒られた、という話もありました。とにかく何のためのマスコミなのか、何のための報道なのか、というのを考えた方が良いのではないかなぁ。ゴシップは芸能人だけで十分ですから。

「田中さんで思い出したんだけれど、真紀子さんかわいそうだったわよね」

「あぁ、真相は闇の中だけれどね」

 田中真紀子を始めとして、辻元清美、加藤紘一、鈴木宗夫など議員辞職が相次ぎました。田中さんは官僚との対決はよくやったものの政治家としての資質に問題があり、辻本さんは元秘書の給与不正受給疑惑、加藤さんは脱税の責任を取るため、鈴木さんは北方四島絡みで数々の疑惑があります。
 政治家は嘘を付く、汚職まみれで信用ならない。清潔な政治家はいないとの印象を国民に強く与えました。小泉さんの支持率が急落したのも、田中真紀子さんの解任からでしたね。

「悪いけれど、ちょっとトイレに行くね」

 学生と思しき男の子は一人カウンターに取り残されました。僕はもう一杯だけカクテルをもらおうかな、先ほどと同じようにマスターに全てお任せです。さて、次の一杯を飲んだら帰るとしよう。

明日の後編へ続く


Nobel e-Museum

 ノーベル財団のウェブ博物館、英語。今回は特別に、前編・後編に分けました。十大ニュースとまでは行きませんけれど、重大ニュースぐらいは取り上げようかと。あくまで私的重大ニュースであり、私的感想ですので解説等々は鵜呑みにしないで下さい。

02.12.31(Tue) バーの片隅で【後編】
先に前編読んでからご覧下さい

 しばらくして僕の目の前に、出来たてのカクテルが出される。淡い青のきれいな、澄み切った青空と夜空が混じり合ったような、何とも微妙な色合い。僕はマスターにこのカクテルの名前を聞いたけれど「飲み終わったときに教えますよ」とウィンクして見せたのです。恐らくオリジナルなのでしょう、どうぞ名前を考えてくださいとの含みのあるウィンクだったのかもしれません。
 しばらくして、先ほどの女の子がカウンターに戻ってきました。また先ほど会話の続きが始まったようです。

「真紀子さんの退陣して内閣支持率が落ち、そこから小泉さんは北朝鮮行きを決意したのかなぁ?」

「そうかもね、現に支持率は回復したじゃない」

「それにしても北朝鮮って怖い国だね」

「アメリカが悪の枢軸発言するのもわかるよ」

 北朝鮮はこれまでに数多の人々を拉致してきました。あまり論争されていませんけれど、日本人だけでなく韓国人や諸外国の人々も拉致したという話。虚偽はいずれ公に晒されると思いますけれど、とりあえずわかっている日本人が自国に帰国出来て良かったですね。ただし、離ればなれになった親子もいるし、公表されていない拉致被害者もいるだろうから、手放しでは喜べません。
 これまで拉致を全く認めていなかったのに、ここに来ての急な方向転換。北朝鮮国内の事情がそうさせているのでしょう。暴発寸前のピストル、むき出しの刀。そういう印象を受けるのは僕だけでしょうか。

「拉致問題で存在が吹っ飛んでしまったけれど、ムネオっていたね」

「あぁ、いたいた。例のムネオハウスで有名な恫喝政治家」

 政治家不信ここに極まる。北方四島がらみで数々の疑惑が浮上した「疑惑のデパート」こと鈴木宗夫さん。あっせん収賄や受託収賄など四つの罪で起訴されました。この人に疑惑の目を向け鋭い指摘をした辻本さん、それに外務省と戦った田中真紀子さん、政界のプリンス加藤紘一さんなど次々と辞職。うーん、とにかく国会が荒れまくったのが印象的。

 ムネオハウスの話から音楽の話へ移り、やれ内田有紀だ鶴田真由だ本上まなみだと結婚話になり、僕の興味は完全に削がれました。僕はゆっくりと青い正体不明のカクテルを飲みながら、自身の今年を振り返っていました。グラスの残りが少なくなるに連れ、だんだんと眠くなり、いつしか深い眠りについていたようです。

 目が覚めると辺りは薄暗く、客は誰もおらず、バーには僕とマスターの二人だけ。いつもは狭いバーですけれど、やたらと広く感じました。あぁ、どのぐらい寝ていたんだろう。まぁ、やることがあるわけでもないし。

「マスターにとって今年は何が印象に残りました?」

 どうやらマスターは今年に起こった出来事を振り返っているよう。政治から娯楽までいろいろなことが起こった一年ですから、マスターもやっぱり考えるところは多いでしょう。しかし、その答えは意外なものでした。

「こうしてお客さんと会話していることかな」

 僕の顔をチラッとみて、また先ほどのようにウィンクしてみせる。その仕草を見て気づきました。そうだそうだ、先ほどのカクテルの名前を聞いていなかったな。

「ねぇ、さっきのカクテル。飲み終わったから名前教えてくれるよね」

「あれはお客さんのためだけに作ったんですよ。名前はLast Year」

「ふーん、Last Yearかぁ。洒落ているね」

 マスターは薄暗い照明の下で、僕に向かって笑いながら、三度目のウィンクをしました。何かそこに深い意味が隠されているような。不意に時間が気になって時計を見ると、零時をすでに回っていました。そう、すでに新年に入っていたのです。それで僕と会話しているのが印象的だと言ったのか、なるほどね。

「今年もよろしく、マスター」

「またのお越しを心よりお待ちしております」

 勘定を払い店を出ます。三杯も飲んだら足下がフラフラで二日酔いになるはずなのに、しっかりとした足取り。酒を飲んだのが嘘のような歩調で、僕は歩き始めました。
 そうか、さっき飲んだカクテルは「Last Year」だったな。きっと今年には残らない酒なのでしょう、通りで足がしっかりとしているわけだ。次に来る時にはどんなカクテルが出されるか楽しみです。「New Year」っていう名前だったりして。

 空を見れば淡い青のきれいな、澄み切った青空と夜空が混じり合ったような、何とも微妙な色合い。それも夜が明けるに連れ、だんだんと青の色合いと太陽の赤い色合いが強くなってきました。もう去年は終わったんだという実感が湧いてくる。

 歩きながら、僕は心の中でつぶやきました。「Happy New Year」ってね。

WEB NIGHT BAR

WEB NIGHT BAR、サントリーより

 年越しにカクテルなんて洒落ているかもしれませんね。さて、これを見る人は旧年なのでしょうか、新年なのでしょうか。どちらにせよ、みなさまメノモソに足をお運びありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いいたします。みなさん良いお年を。


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