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メノモソはmusica-dueの一部です
03.03.01(Sat) 機能低下
 人間の体はとても正直。ご飯を食べなきゃお腹が減るし、睡眠不足なら眠くなる。臓器が弱ればすぐに症状となって現れるし。

 黒い球をコートの中で追いかける。休日なのでフィットネスでスカッシュをやりに来たのです。あの狭いコートの中の隅々に行くボール、自分の可動範囲を超えるのではないのかと打たれた瞬間に疑るような場所にでも果敢に取りに行く。運動量はテニスの三倍。休んでいる暇を与えられず、面白いように振り回される。格上相手のスカッシュはいつもこんなもの。
 しかし、それにしたって辛すぎる。心臓はばくばく言っているし、息は絶え絶えで、写真のフラッシュを受けたときのように目の前が真っ白。少々休みますと断りを入れ、コートの外に出ます。肩で息をする、なんていう生やさしいものじゃない。膝をがっくりと地面に付け、胸の動悸が収まり呼吸が調うのを静かに待つ。その間に声を掛けられても返すことなど出来ず、穴が空くほど床を見つめ、与えられた時間に体力が回復するのを願うばかり。

 あぁ、こんなに苦しくしんどいのにどうしてスカッシュをやっているんだろう。始めて四年、怪我をしたり忙しかったりで出来ない時期もあったけれど、それでも止めようと思ったことはないのです。意地?いや、そんなものじゃなくて、性格に合っているとか、好きだからとか、至って単純な理由。でも、今はこんなに苦しい。この一瞬だけは止めたいな。

「あれ、どうしました?疲れちゃいましたか?」

 余裕綽々といった感じで聞いてくる相手。放心状態からだいぶ回復してきた僕は、どう説明したものか考えます。

「最近怠けていたんですよ、忙しかったから。そしたらこのザマです」

「忙しいとなかなか来られないですよね。これからまた頑張りましょう」

 忙しかったからしょうがない、確かにそうかもしれない。仕方がないことだけれど、それでも悔しいじゃないですか。せっかく維持してきた筋力や心肺機能も脆く崩れるなんて。忙しい根元をどうにかしなくては。でも、どうにか出来るのか?いいやそうじゃない、これはどうにもならない気がします。
 人間の体は正直。ご飯を食べなきゃお腹が減るし、睡眠不足なら眠くなる。臓器が弱ればすぐに症状となって現れるし。ちょっと運動を怠けると、すぐに体力も落ち込みます。

「もう少しやりましょうか」

「はい、お願いします」

 ラケットを持ちコートに入るとき、僕はこう思いました。心肺機能のことを考えていてもしょうがない、低下してしまったら回復させるだけのこと。いつまでも忙しいことを気に病んでも仕方がない、スカッシュへ気持ちを切り替えよう。
 しかし、スカッシュ中にイマイチ集中力が高まらず凡ミスを繰り返す。それに、すぐに息切れし始めてしまう。まったく、心肺機能っていうのはすぐ落ちる。

 集中力を欠いたまま運動を終え、僕は家路へと急ぎます。あーあ、今日は予想通りイマイチ。それもこれも、最近忙しくて仕方がなく、今日だって持ち帰りの仕事が手つかずのまま残されているからなのです。
 しばらくフィットネスに行っていなかったから心肺機能は落ちたけれど、忙しくなって心配機能は向上する一方だな。

心肺機能を高める

チャリオ、フィットネスより

 心肺機能を高めるのにはウォーキングやランニング、バイクなどが有効です。連続二十分以上の運動で、ダイエットにもなります。忙しくさえなければ、曲を思いつきさえしなければ、本さえ読まなければ、毎日のようにスカッシュに行っていることでしょう。しかし、現実的にはなかなか難しいのです。

03.03.02(Sun) 請負人
 地上からどのぐらい掘り進めたのか、あまり覚えていない。とにかく依頼主の要請に応えるべく、穴を掘り進めていく。深い、底知れぬ穴を。

 彼は請負人と呼ばれていました。秘宝探しの第一人者、彼ならきっとお宝を見つけてくれると。誰もが彼に期待していたし、彼は彼でそんな自分を誇らしく思っていたのは間違いないでしょう。

「君。今日こそ掘り出してくれるんだろうね。高い金を払って雇っているんだ、しっかりしてもらわなくては困るよ」

「俺に任せておけ、心配するな」

 いつもの通りの答え、これは彼の口癖。その力強い言葉を耳にすると不安もどこかに吹き飛んでしまう。いつも顔色一つ変えずにお宝を掘り出してくる彼に、仲間は全幅の信頼を寄せていました。依頼主は何か言いたげな顔をしていたけれど、すごすごと引き上げてしまう。

「チッ、まったくうるさい連中だ。自分らじゃ何もやらないくせに、期待だけはでかくて参るよ」

 人には聞かせられない愚痴、穴の奥深くでつぶやく。しかし、一人で黙々と穴を掘り進めるのは悪くはない。誰からも干渉されることなく、自分の良いように掘り進める。これがチームを組まない一匹狼たる彼の最も愛するところ。その代わり失敗すればお払い箱か、どちらが良いんだろうな。

 こうして穴を掘るのはアリみたいだと、掘りながらいつも思う。掘って掘って掘りまくり、お宝を見つける。それによって生活が成り立つのだから、あながちアリと言えなくもない。
 そうやって考えている間にも、どんどん穴を掘り進めていく。穴が深ければ深いほど良い。それだけ人に発見されていない貴重なお宝が出てくるのだから、掘る力も自然と強くなる。見つければ多額の報酬。良いじゃないか、ここでコツコツと働けばアリのように冬はゆっくりと暮らせるし。キリギリスを見てみろよ、冬は悲惨なもんさ。上にいる連中はキリギリスだ。人を請負人呼ばわりするくせに、自分たちではまったく動かないのだから。何れ困るのは自分たちだと気づくのさ、価値とはそういうものだろう。人でも、物でも。

 はー、しかし我ながら良く掘ったもんだな。地上からどのぐらい掘り進めたのか、あまり覚えていない。さすがの彼も少々不安になり、上を見上げます。頭上高くに掘り始めの小さな穴があり、そこから光りが差し込んでいます。

 もうそろそろ宝が見つかっても良い頃だな。気を取り直して再び穴を掘ろうとした瞬間、土砂が崩れてきた。岩盤が弱くなっていたためか。あるいは、ファラオの呪いのような、秘宝を掘ろうとする者への呪いか。そうしている間にも上から土砂が降り積もり、体への圧迫と酸素不足とのために意識が遠くなっていく。もう駄目か。
 何がアリとキリギリスだ、これじゃアリの巣に運ばれた惨めな死骸になっちまう。請負人?まったく笑わせるぜ。これじゃ巨大な墓穴だ、墓穴を掘ったとはこのことか。

 クククと苦笑し、死にそうになりながらも、彼はあることを考えていたのです。それは、請負人と葬儀屋は同じ単語「undertaker」であることを。

依頼人

Amazon.co.jpより

 依頼人こそが犯人であるという展開は多いのかもしれない。日記ではその件が一切なかったけれど、そういう話でもよかったのかなぁ。でも、それだと日記に収まらないか。
 さて、どうしてこんな日記になったか。それこそ墓に埋めてしまいたいし、穴があったら入りたい。

03.03.03(Mon) 動物の公園
 動物の集まる公園での出来事。犬がじゃれ合っています。リードから放たれた犬は自由気ままに走り回り、時折飼い主の方へ行っては餌をもらう。隣に座る親子はそれをはしゃぎながら見ています。

 雨が降りそうな天候のためか花粉の飛散は少なく、割と過ごしやすい。壁に囲まれた陰気な部屋から抜け出し、空の下で昼食を取ろうと公園に来たのです。二月の中旬ぐらいから花粉が飛び始めていたし、それにとても忙しかったので、外で食べるのは久しぶり。このような今にも雨が降り出しそうな天気でも、鬱屈とした部屋より余程良い。こうして大好きな動物も見られるのだし。

 公園内を走り回っているのは二匹の犬。お互いの臭いを嗅ぎ周り、すぐに二匹でじゃれ合い、園内を縦横無尽に走り回ります。二匹の毛が風に揺れる様は格好良い。街にいる犬たちは普段縛られ不自由な暮らしをしているから、たまにはこうして思う存分遊ばせた方が良い。だけれど、こんなに大きな公園はなかなかないし、本来は放し飼いをするのはいけないのだけれど。まぁ、堅いこを言っても仕方がない。僕だって、隣に座っている親子だって、走る犬を見て喜んでいるのだし。

「ママー、ワンちゃん走っているよー」

「そうねー、速いわねー」

 昼のひととき、こうして公園で過ごすのも悪くないな。僕と同じように、きっと母親もそう思っているでしょう、ホッとするひとときなのです。

「ママー、トリさんもいっぱいいるよー」

「ほんとだねー、木にたくさん留まっているわねー」

 コンクリートとビル。人工物ばかりの都会にあっても公園はあり、鳥たちにとっても憩いの場となっているのかもしれません。

「ママー、ネコさんがあくびしたよー」

「お昼はねー、みんな眠いのよー。ママも眠いわー」

 昼頃になるとちょうど気が抜けてきて、眠くなる。これは人に限ったことじゃなくて、動物にも当てはまるでしょう。そこにいるネコだって欠伸を一つしましたから。

 僕も少々眠くなってきました。動物を見たり、隣の親子の朗らかな会話によって、神経が解れたからでしょう。眠気覚ましにポケットからガムを取りだし、奥歯できゅうきゅうと噛みしめる。

 相変わらず犬がじゃれ合っています。リードから放たれた犬は自由気ままに走り回り、僕の前にもやって来て餌を催促。僕が何もないよと手を広げてみせると、臭いを一応嗅いで、すぐにまた遊びに戻る。隣に座る親子はそれをはしゃぎながら見ています。

「ママー、ママってばー」

「ん、なぁに?」

「あそこにキリンさんがいるよー」

「え?」

 母親も疑問に思ったろうけれど、僕だって何を言っているんだと子どもの方を見つめてしまいました。公園には犬、ネコ、トリはいます。ごくありふれた組み合わせだし、この公園でなくてもいるでしょう。しかし、キリンとは。子どもとはまったくおかしなことを言う。

「キリンさーん」

 訝しげに子供を見ると、何かをじっと凝視しているみたい。目線の先を追ってみると、そこには黄色いクレーン車がありました。なるほどね、確かに見方によってはキリンです。
 でも、そういう想像ってちょっと寂しい。都会暮らしでは動物など殆ど見ることが出来ず、キリンを一度も見たことがない子もいるんだろうな。そう言えば、動物園なんてここ何年も行っていないのです。

「キリンさんねー。でも今度は動物園に本物のキリンさんを見に行きましょうねー」

 子どもはきょとんとした顔で母を見つめると、母は手のひらで子どもの頭を撫でます。この親子は動物園に行ったことがないのかもしれないな。だから動物園と言われてもピンとこなかったのかな。
 キリンは働き街を作り、本物のキリンは檻の中で飼われる。犬は人にリードで縛られ、お金という名の鎖で人は縛られているのです。この子も大きくなったらわかるようになるでしょう。僕はベンチから立ち上がり、じゃれつく犬の頭を撫で、ビルの檻へと入ります。

動物園と水族館

 動物園は好きなんだけれど、なかなか行く機会がありません。そうそう、動物園の脇を夜に通ると、暗闇から獣の戦慄きが聞こえて不気味。夜を恐れる人間の本能のためか、必要以上に怖く感じます。

03.03.04(Tue) 好む好まざるに関わらず
 正直に白状すると、拙いことになったなと思ったのです。出来ることならこの場から立ち去りたい。しかし、酒に酔っていたためでしょうか。僕はどうしてもその場から離れられなかったのです。

 好む好まざるに関わらず、どうしても物事をしなければいけないときがある。仕事で出張に行ってくれ、単身赴任してくれ、なんていうのもこのご時世でなくとも断れないでしょう。幸いそのような逼迫した事態にはなっていないことに感謝しないといけません。
 もっと困難な状況を想定してみると。何らかの事故により無人島で暮らさなければならくなったとしたら。身近に食べられるものが蛇や蜂など下手物しかなければ、多分それを食べることでしょう。もちろん好んで食べるのではなく、嫌々ながら食べることになります。しかし、食べないと死んでしまう。味覚や生理的嫌悪感なんて言ってられません。生存のためには食べるしかないのです。
 どちらも自分に言い聞かせながら。

「ねぇ、食べないの?美味しいよ?」

 とあるアジア料理店で友人との食事、前にも何度か来たことがある店。だから美味しいのはわかっていたし、雰囲気も悪くないし、値段も手頃なのもわかっています。だけれど、あまり食事をする気分ではなかったのです。
 それまでの席で、仕事のこと、無人島のこと、見た映画のことを話題にしてきました。後ろで流れる南国風の音楽も心地良く、食前酒と相まって、僕らをいつもより饒舌に。その気易い雰囲気が、ちょっと過剰に反応したのかもしれません。僕は料理に手が付けられなくなったのです。

「今、僕はどんな顔してる?」

「え?赤くて酔っぱらってるけれど、それが?」

 努めて冷静に、淡々と話していたつもりだけれど。正直に白状すると、拙いことになったなと思ったのです。出来ることならこの場から立ち去りたい。しかし、酒に酔っていたためでしょうか。僕はどうしてもその場から離れられなかったのです。

 どこかで話がこじれてしまったのか、恋愛の話になってしまったのです。出来る限りこの話はしたくはない。でも、これは酒のせい、店の雰囲気のせい。そう思うことで自分を誤魔化していたのかもしれません。

 この店は、昔つき合っていた彼女と来た店。雑誌にも載っていない、穴場の店。まさか今ここにいる彼女が知っているとは。内心の動揺は隠せない、昔のこと、古い古い話。そう自分に言い聞かせます。

「ここ、美味しいね」

「そうでしょー。連れてきて良かった」

 彼女は何も知らない、それで良いと思う。第一、彼女は僕の恋人ではないのだし。友だち、そう、ただの友だち。それで良いと思う。これからもそうでなくては甚だ拙いのです。
 テーブルに出された料理はとても美味しい。記憶ではいつ来ても、どれを食べても美味しかったから。だけれど、今日の僕には下手物に感じられます。無人島で食べる虫のような味。僕は困惑していました、僕は苦虫を噛みつぶしたような顔をしているでしょう。

 好む好まないに関わらず連れてこられた店。この店のことは内緒、僕の胸の内も内緒。どちらも自分に言い聞かせながら、二人で南国の料理を食べるのです。少々、苦々しく。

虫食通信

FABLEより

 好む好まざる、という非常事態でも食べたくはない虫。しかし、状況が状況なら食べなくてはいけないのだろうなぁ。蜂を食べる習慣だってあるし、虫は蛋白源であるのもわかるのだけれど。

03.03.05(Wed) 古いテープより
 ガチャリと音を立てテープを入れます。数秒の無声部分の後に、雑音混じりの音楽が聞こえてきました。

 捨ててしまっても良いのだけれど、そうするには忍びなくて取っておいたカセットテープ。レコードがCDになりやがてDVDに代わっていくように、カセットもMDに駆逐されてしまった感がある。もうこのテープを聴く機会はないな、毎回引っ張り出しては同じ感想を漏らします。今回もそう。
 もうテープは流行らない。数年前まで押入を占拠し、それだけでは足らずに本棚まで侵攻していたテープの数々。これでもずいぶんと捨てたはず。カセットテープに音楽を録音する機会などなく、消えるのを待つ運命。MDに主役を奪われた媒体には、僕の思い出が詰まっている。だから、捨てるに捨てられないのです。

 部屋に流れる音楽は雑音混じり。放っておいたためにテープが延び、繰り返し聞いたためにすり減っているからです。テープに残された音が半永久的ではないのを知っている。それでも、テープから他の媒体に音を移しませんでした。それは当時の思い出が詰まっているから。だから、捨てるに捨てられないのです。

 ガチャリと音を立てテープが逆回転したのを知らせます。数秒の無声部分の後に、再び、当時と同様の音楽が聞こえてきました。あの当時の音楽、だけれどちょぴりと間延びした、雑音混じりの曲。

 こんなに古い思い出に執着しているのは流行らない。テープがMDに駆逐されたように、僕の記憶も駆逐されれば良い。しかし、捨ててしまうには忍びない、と心のどこかで思っているのでしょう。
 思いでは徐々にぼんやりと薄くなってきています、繰り返し聞いたためにすり減ってしまったテープのように。当時を克明に思い浮かべることは少なくなってきました。でも、僕はきっとまた思い出すでしょう。

 ガチャリと音を立てテープが一回転したのを知らせます。いつまで思いでの堂々巡りが続くのだろう、僕は居心地が悪くなって停止ボタンに手を掛ける。すぐさまFMラジオに切り替えると、スピーカーから流行歌が流れてきました。最近よく聞く、綺麗で雑音のない、だけれどすぐに忘れてしまう歌です。

ザ・ケルン・コンサート

Amazon.co.jpより

 キース=ジャレットで唯一好きなアルバム。それがテープでしか持っていないというのはおかしな話です。あまり好きではないのに、そのくせテープがすり切れる程聞いている。にも関わらず、CDを買おうとかMDに録ろうとも思わない。
 思い出と深く結びついている曲なので、いっそ記憶と一緒に消えてしまえば良い。昨日の日記にも深く関わっています。もう他人事なのに、関わりは一切無いのに、人間っていうのは実にややこしく、且つ面倒に出来ているものですね。

03.03.06(Thu) 明かりをつけましょ
 スイッチに触れると部屋の明かりが灯る。明るい光りをみると、どうして人は落ち着くんだろうか。ふと、そんなことを思ったのです。

 外から帰ってくれば家は真っ暗。人のいない家に帰ると、一抹の寂しさを覚えます。部屋は外よりは暖かいものの、暖房が付いていないために寒い。それよりも、人のいないということが、より一層寒さを感じさせるのです。僕は部屋中の明かりを灯し暖房を付けると、瞬時に部屋は昼間のように明るくなり、春のように暖かくもなる。
 太古の生活から見ればずいぶんと便利になったものだよな。夜になると獣から身を守るために火を付けていた時代とは大違い。斧を担いで狩猟に出かけることなく、いつでも食料が手に入る。それに調理場に立てばつまみを回すだけで簡単に火が付き、いつでも食事が簡単に出来るのだし。それに、コンピュータでレシピだって検索出来る。

 ビデオをセットして、画面を映し出しながら料理に取りかかる。面倒くさいので電子レンジで温める簡単な料理。遅く返ってきた時には助かるけれど、出来れば料理をしたいよな。

 スイッチに触れると電子レンジのトレイが回ります。レンジ内が明るく光り、料理が温められていく。もうすぐに料理にありつける、皿に盛りつければすぐにでも。胃はしきりに鳴り空腹を訴える、これは太古から現代に至るまで変わらないな。
 僕は空腹を紛らわせるためにお茶でも飲もうとして、急須にお茶を入れてポットに近づきボタンを押す。

 バチン、音がして部屋が闇に包まれる。ブレーカーが落ちたのです。暗闇は人を不安にさせる、それは人間の持つ本能のため。これも太古から現代に至るまで変わらない。ずいぶんと便利な暮らしになったけれど電気がなければ瞬時に太古へと逆戻り。現代社会の大きな落とし穴。

 ブレーカーのスイッチに触れると、何事もなかったかのように部屋の明かりが灯る。明るい光りをみると、どうして人は落ち着くんだろうか。ふと、そんなことを思ったのです。

Switch

アップルコンピュータより

 歴代の戦略の中でも、これはかなりいただけない。Macユーザーであるところの僕がそう感じるのだから、アップルの製品を使ったことのないWINの人はかなりの確率で首を傾げたくなるのでは。あのCMでMacに乗り換えようなんて言い出す人がいたら見てみたいものです。

03.03.07(Fri) 見かけに依らない人
 天上から降る雨が傘で弾かれる。ポンポンという大粒の雨の音を聞いているのは嫌いではなかったのです。出来ればいつまでも外を歩いていたい。傘を持つ僕の隣は小柄な女の子。彼女は自分のことを女らしくないと僕に言うけれど、その華奢な肩や小動物のように怯えた目を見ると、どうしても女の子だと意識せざるを得ないのです。
 二人ではいるには狭すぎる傘。彼女の肩が雨で濡れているのを払ったとき、僕は決意を固めました。よし、入ってやろうと。彼女の腰を空いている方の手で押すようにして僕らはビルへ入ります。

 雨宿りに休憩しようよ、と耳元でささやく。彼女はこくんとうなずき、嫌がる様子もなく歩きます。ちょっと強引だったかなと思ったけれど、僕には確信が持てたから。彼女が絶対にうなずくって。それまでの会話から、こういうのは嫌いじゃないってわかっていたんです。

「ふかふかだね」

「うん、眠くなっちゃいそうだよ」

「でも寝たらダメよ」

「あはは、それはないって」

 緊張していました。こういうところに来るといつだって緊張を強いられるのです。家の方がリラックス出来るけれど、たまには悪くない。刺激があって。興奮しているんだよ、僕は。これ以上ないぐらいに。

 自分の胸に手を当ててみるとドキドキしている。心臓の音が聞かれやしないか不安だけれど、そんなことはないみたい。彼女も同じぐらいドキドキしているのかな。僕のそんな心を見透かすようにして、僕の目を覗いてくる。

「ちょうだい」

「本当に良いの?後悔しない?」

「たぶん、ね」

 たぶん、か。まぁそれもいいや。彼女だって子どもじゃない、自分が何を言っているかわかっているのだし。

「トロトロに溶けてるよ。本当に欲しいの?」

「いいの。あなたのちょうだい」

 僕はもぞもぞと身体を動かし位置を調節する。薄明かりの中でしっかりと目を見開き自分のものを見る。すると、情けないぐらいに柔らかだったのです。

「もうちょっと待ってよ。すぐに硬くなるから」

 しばらく、彼女は手に乗せて僕のそれを眺めていました。とても恥ずかしい、まじまじと見られるような、見せられるような、そんな大層なものじゃないよ。ホントに。でも、だんだんと硬く、硬度を増してきたのがわかりました。

 彼女はゆっくりと口に含み、飴でもしゃぶるように舐める。僕のものを一生懸命に。

「どう、おいしい?」

「んー、おいしいよ。とっても」

「苦くない?」

「甘いよ。苦いっていうイメージあるけれど、甘いと思う」

 ピチャピチャと湿った音、チラチラと覗く赤い舌。もうじきだよ、そう何分もかからない。もうすぐだよと言うと、口から離し、にっこりと微笑む。この子、本当に好きなんだなぁ。人は見かけに依らないって言うけれど、まったくその通り。思いもよらなかったわ。
 僕はそっと自分自身のものを指ですくって、口にしてみました。決して甘くはない、苦い味が口に広がります。こんなものを甘いだなんて、おかしな感覚しているな、女の子って。でも、お世辞にもおいしかっただなんて、ちょっぴりうれしくなりました。

 数時間後、僕らはいそいそと建物を出る。すでに雨は止んでいました。雨宿り代わりに勢いで入ってしまったけれど、これが良かったのかわからない。でも、隣ではしゃいでいる彼女を見ると、まぁ入って正解だったのでしょう。
 でも。本当にこれでよかったのか。間違いではなかったのか。だから僕は聞いてみる、聞かずにはいられない。

「どうだった?」

「とっても良かったよ、だって大好きだもん」

 彼女の目はきらきらと輝いていたように思う。その目を僕は少々疲れた顔で見返します。
 好きだと言ってくれて良かった、これで好きじゃない、嫌いだ、二度と見たくないなんて言われたらどうしようかと。悩み多き十代の時ほどじゃないけれど、多少なりとも傷つくかな。でも、大好きだって。ふふふ。

「そうそう、さっきのチョコもうないの?」

「あれで全部だよ。しかし、良くあんなトロトロの食べるよね」

「だって好きだもん。それに、固まってから食べたし」

 僕は胸ポケットにビターチョコを入れていたのです。買ったときに胸ポケットに入れてしまって、食べようと思った時にはトロトロに溶けていました。それをあんなにおいしそうに食べるとは。

「もうあんな映画は嫌だよ。今度は違うのにしない?」

「だってホラー映画好きなんだもん、別に良いじゃない。作りものだし、怖くないでしょ?」

 怖かったとは言えないよなぁ、やっぱり。それにしても、こういう映画が好きなのはどうだろう。一般的に女の子の方が怖がりだと言うけれど、僕の方がよっぽど恐がりだわ。その華奢な肩や小動物のように怯えた目を見ると、どうしても女の子だと意識せざるを得ないのにね。

呪怨

 ホラー映画は好きだけれど、本物のホラー映画ファンには付いていけません。映画館で見ると音の迫力も相まって、ここで怖いのが来るとわかっているのに、絶対作り物だとわかっているのに、それでもビビッてしまうのです。はぁー、こんなのよく見るよ。

03.03.08(Sat) 視界は本日二度ずれる
 角度にして一度か二度。ほんの少しだけ、見える角度がずれているのです。いつもの街角、いつもの風景。だけれどほんの少しのずれが僕を惑わせる。

 船に乗っている感覚に近い、あの地面が地面じゃない頼りない感じ。波が高くなると自分の信じている足下がぐらぐらと揺れ、視界も揺れるような。でも、ここは町中でしっかりと足を地面に付けて立っているのに。この見える角度のずれは一体。
 試しに小首を傾げて水平軸からずらしても目にするものは変わらない、これは人体の構造。視界を水平に保つように出来ている、身体の不思議。でも、普通にしている状態で、すでに一度か二度ずれているのが感じられます。これはどうしてだろう。さっきから幾度となく自問自答を繰り返しているけれど、明確な答えを見つけられないでいるのです。

 コンタクトがずれるときは視界が変になる。今まで見えていた物が急に見えなくなり、かなり慌ててしまう。だけれど、僕はコンタクトなんかしていないし。車を運転する時などは眼鏡等使用になっているので眼鏡をするけれど、眼鏡がずれたってこんなおかしなことにはならないでしょう。そうやってうだうだと考えている間に、また少しだけ、ほんの少しだけ角度がずれる。一度か二度。
 こうあってほしい景色と、今の現実とのギャップ。だんだん大きくなってきているのがわかる。これ以上大きくなったらどうなるんだろう、考えると空恐ろしい。耐えられなくなるのでしょうか、だんだんと酷くなる船酔いみたいに。

 でも。気持ち悪くはない、もっとこう、別の感情に支配されてはいるけれど。角度にして一度か二度。あるいはもうほんの少しだけ、見える角度がずれているのです。いつもの街角、いつもの風景。だけれどほんの少しのずれが僕を惑わせる。見るもの全てが傾いているような。

「ごめんね。ちょっと遅くなっちゃった」

「ちょっとじゃないよ、かなり遅いってば。連絡ぐらい入れて欲しかったなぁ」

「だって。電車に乗っていたから、携帯出来ないし」

「もういいよ、ちゃんと来れたんだからさ。心配してたんだよ」

 三度か四度か、もう少しかも。視界は確実に傾いていました。でも、その違和感は捨て去ろう。そんなことを考えていても仕方がない。
 友人の顔を見ると笑っていました。遅れてきたらもう少し神妙な顔をしてもいいんじゃないのかな。いつも約束に遅れない人なのに待ち合わせにかなり遅れていたから、僕としては心配だったんだよ。

「なーに、ご機嫌斜めじゃない」

 言われてハッとしてしまう。そうか、怒っていたのが顔に出てしまったのか。怒らないつもりだったのになぁ。いつもとのほんの少しのずれが僕自身を戸惑わせるのでした。

斜め屋敷の犯罪

Amazon.co.jpより

 待ち合わせの時間に遅れても携帯があるので、そんなには心配しなくなりました。まぁ、突然会おうかということだったので、遅れても無理はないのだけれど。それにしても、三十分も遅れるとさすがに心配してしまいます。何か事故に巻き込まれたのかも、なんて具合に。

03.03.09(Sun) 虎の胃袋
 肉体がとろけだして骨だけになり、臓物全てがなくなってしまうような感覚。目をつむったらそのまま倒れてしまうのではないかというぐらい、僕は疲れてぐったりしていたのです。

 気がついた時には、僕は虎の胃袋にすっぽりと収まっていました。どろどろ溶ける感覚は、虎の胃液で身体が融解してきたため。ぐるぐると喉を鳴らす音が近くで聞こえます。猛獣には手が付けられない、食っても食っても食い足りないのでしょうか。次々と胃の中に送り込まれる人間たち、どの顔も疲労が漂っています。脂汗をたらたらと垂らしている者も中にはいます。もうこうなってしまったら仕方がない、腹をくくって溶けるのを待つか。
 胃の中にいて考えるのは食べ物のことばかり。自分が食べられているのに、これからの食事のことを考えるのはまったく馬鹿げているけれど。それでもやはり考えずにはいられない。虎が人間をおいしいと思うように、人間も食べ物をおいしいと感じるのだから。頭にいろいろ思い浮かぶ。餃子、炒飯、ラーメン、ちまき、紹興酒。洋ものは不思議と出てこない、これは中国虎に食べられたせいなのかもしれないな。
 そんな馬鹿なことを考えている間にも、溶ける。あぁ、最後の思い出に酒でも飲みたいな。他の人間は懐にある酒を飲んでいる、酒で溶けるのと、虎に溶かされるのと、どちらが早いのだろう。まぁ、どちらでもいいや。とにかく眠くなってきた、寝たらいけない、でも寝てしまいたい。この後のことを考えても仕方がないし。

 肉体がとろけだして骨だけになり、臓物全てがなくなってしまうような感覚。目をつむったらそのまま倒れてしまうのではないかというぐらい、僕は疲れてぐったりしていたのです。他の人もそうなのかもしれません。しかし、そんなことはどうでもよい、もう考える力すらなくなってきました。虎の胃は強く収縮活動を続け、いつしか僕は溶けてなくなった。

「じゃあ、これで御開にしましょうか」

 誰かがレシートを取り、僕らはレジへと向かう。軽い軽食のつもりが、豪勢な夕食に。ゆっくりと時間をかけた食事で、胃が強く収縮活動しているのを感じられる。紅虎餃子房、虎の絵が僕らを見送ります。

赤玉麺

 スカッシュ後に行ったので、僕はかなり疲れて眠かったのです。仲間の一人が食べていた紅虎餃子房の赤玉麺(坦々麺)、坦々麺の中に湯むきしたトマトが入っていて驚きました。まぁまぁ美味しかったようで、辛い熱いと不満を言いながらも、全部食べていましたよ。

03.03.10(Mon) 蜘蛛の糸
 ある日の事でございます。極楽はちょうど午なのでしょう、方々から得も言われぬ良い匂いが絶え間なく辺りへあふれております。お釈迦様が池を覗いたとき、地獄の底に男が一人蠢いているのが見えました。

 いやー、別に悪いこともしているとは思わないんだけれど、こんなところに落ちて参ったよ。毎日毎日飽きもせず鬼相手にしているのも疲れるし。あいつら折檻するのが楽しいんだ。ちぇ、下っ端の子役人の癖してなんだよ。公正な裁判もなしに誤認でこんな所に連れてきやがって。まぁ、あれだね。地獄の沙汰も金次第だよ、いくらか懐に握らせたら米搗きバッタみたいにへいこらし始めたし。おかげで針地獄は針灸マッサージだったので待遇は悪くないけれど。でも、さすがにもう飽きたよ。それだったら地上の方が良いし。やっぱり人間楽しちゃいけないよな。

 ふと上を見上げると、一本の蜘蛛の糸が人目を憚るようにするりと落ちて来るではありませんか。まぁね、脱走っていうのは地上も地獄も良くないだけれどさ、ここでこうして不平不満をたらたらしているよりはましかなーって。だから、この細い糸に捕まって地上に行こうかと思ってさ。いやいや、天国なんて行きたくないよ、きっとあいつら馬鹿真面目だから、賄賂も通じないし、懐柔出来ないし、なにより頭硬そうじゃない。そんなのつまらないよな、やっぱ。だったら、シャバだよシャバ。

 糸にしがみつきぐんぐん上に登る。ちょっと疲れたので手を休めて下の方を覗き込むと、他の者どもがこの細い糸に掴まっているではないですか。こりゃ切れるよ、いくら何でも。しかし、危機感がそうさせたのでしょうか。男の脳裏でフラッシュバックが行われ、これと同じような本を読んだことがあるなと思いました。ここで下にいる者どもに糸から離れろと無慈悲な声を掛けると、自分が掴まっている糸のちょい上からぷっつりと切れちゃうんだっけ。そう思った瞬間、同じような糸が無数に天上から降りて来たのです。その多く垂らされた糸にすぐさま飛びつく者ども。みんな一斉に上を目指すのです、男と同じように。
 内心では大丈夫かな、と怯えていました。だって地上では脱獄囚は重罪になると相場が決まっているので、地獄でもきっと同じでしょう。うぅぅ、これはどうしたものか。でも待てよ、こんなにたくさん糸が出てきているのって、何かおかしくないか。仕組まれているっていうのか。どう考えても理屈に合わない、ひょっとしてハメられたのか?

 そう思った時でございます。天上から熱い熱湯と共に、切れ切れの糸が落っこちてきたのです。始めからどこにも繋がっていなかったのかもしれません。あわれ、男と他の者たちは一斉に地獄へと落ちていったのでございます。

 御釈迦様(おしやかさま)はこの一部始終(しじゆう)をじっと見ていらっしゃいましたが、やがて全員が地獄へ堕ちてしまいますと、悲しそうな御顔をなさりました。

「あらー、焼きそば湯切り失敗したんですかー」

「麺が全部シンクに吸い込まれちゃったんですよ。あーあ、お昼どうしよう」

「じゃぁ、私のお弁当わけてあげますよ」

「良いんですか?す、すみません」

 御釈迦様のお弁当からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れております。極楽ももう午に近くなったのでございましょう。

蜘蛛の糸

青空文庫、芥川龍之介より

 カップ焼きそばの湯切りがどうも下手くそで、熱くて手が緩んじゃうんです。そうすると中身を全て流しにぶちまけてしまう。UFOの湯切りは良く出来ているけれど、今日は違う銘柄だったので仕方なし。

03.03.11(Tue) 星の降る夜に
 もう春が近いというのに風が強く、とても寒い夜でした。強風に吹き飛ばされたためか雲一つなく、やさしく微笑む月と瞬く星々が道を照らし出しています。でも、彼女には星々を見る気持ちの余裕なんてありません。仕事で疲れた心と体を一刻も早く休めたい、ただそればかりを考え足早に家に向かいます。

 家についたら食事も取らず真っ先に風呂に行く、これが彼女のリラックス方法。硬くなった体を湯船で伸ばすと、疲れた心もじわりと溶かされるような、そんな気がするのです。だから、長時間風呂に入るのが彼女の日課になっていました。そうして風呂に浸かりながら、いろいろなことを考えるのです。仕事のこと、人間関係、おしゃれ、恋愛。それよりも、もっともっと大切なことも。

 仕事が特別嫌いということではないけれど、しかし彼女は、仕事にやりがいを感じてはいないのです。与えられた仕事をこなし、たまに自発的に何かをする。そうして自分の場所を見つけようとするけれど、とてもこの仕事を一生続けるとは思えず、イマイチ気が乗らないのです。人間関係も疲れる一因で、上司の不条理なお小言に反抗しようするけれど、今のご時世そんなこと言ったらどうなることか。恋愛にしても、長くおつき合いするとは聞こえが良いけれど、その実、惰性でのおつき合い。それに嫌気がさして別れ、またつき合うの繰り返し。
 もっと充実した時間を過ごしたい、絵を描くだけで一生を過ごせればいいのに。彼女は絵を描くことが大好きなのだけれど、それ以外の時間に撲殺されてしまい、なかなか絵に手が着かないのです。そんなの言い訳だ、何とか時間を工面すれば書けないことはない。と思うのだけれど、それ以前の問題として、精神が疲弊してしまい描きたくても描けない状態が続いていたのです。

 あぁ、絵が描きたい、絵が描きたい。風呂で手足を伸ばしながら言葉にしてみます。風呂場特有の音場のために、吐き出した言葉が自分自身に跳ね返ってくる。あぁ、ダメだわこんなことじゃ。
 湯をぴちゃぴちゃと手で遊ばせる。首を湯船の縁に擡げて天上を見ると、湯気がもうもうとして視界を悪くしています。あぁ、これって私の頭の中みたいだわ。もうもうとして、実体がなく、つかめない。水蒸気だってことはわかっているのに。

 ちょっと湯当たりしそうになり、風呂場の窓を開けて空気を入れ替えます。外を何の気なしに見ると、夜空にちりばめられた星々に気づく。こんなに綺麗なのに、さっきは全然見もしなかっただなんて。吸い込まれそうな夜空とはこんなことを指すのかしら。それとも今まで私の目が濁っていただけか、この湯気のように。湯気の向こうにはこんな世界が広がっているのに。絵が描きたい、裁判の宣告のようなはっきり声で口に出してみる。有罪が確定した被告のような面もちで。
 すると、窓の外から一筋の光りが落ちていくのが目に留まります。流れ星だ、そう思った瞬間に爆発。閃光が暗闇を明るく照らし、そのまま四方八方に飛び散ってまうのです。

 あれは何だったのかしら、まさか星が砕け散るなんて。信じられない。どこかに星の欠片が散らばっているかもしれないわ。いてもたってもいられなくなり、風呂から飛び出し、大急ぎで着替えをして、星が散ったと思しき方へと走り出す。衝動的な性格ではないけれど、大きな力に突き動かされるのを感じる。胸が高鳴り、わくわくする気持ちを抑えようともせず、星の方向へ、自分の進むべき道へと、全力で足を運ぶ。きっとあそこに違いない。この街の高台、街を一望出来る原っぱ。
 その場所に着いてから星の欠片を探すものの、見つかりませんでした。あるのは何の変哲もない小石。あれは夢見がちな私の妄想だったのかもしれないな。でも、失望はしなかったのです。星の欠片を探しながら、自分が描きたいのが何か、わかった気がしたから。星が弾けてしまうほどの、描きたいという、描かねばいけないという気持ち。

 家に帰るとすぐにキャンバスへ向かいます。今のこの気持ち、精神的高揚を描かなくては。一心不乱に筆を動かし、書き上げていくのです。好きなものを描いているという充実感。だんだんと形になっていく達成感。心の、体の底から感じる快感。書き上がった時にはすでに朝でした。光りの帯が絵を包み込むようで、それを見たら急に描き上げたという安心感からか眠くなってしまい、ベッドに倒れ込んでしまうのでした。

 その絵は点描法によって描かれていました。爆発によって砕けた星の欠片がキャンバスに降り注いだようにも見える、そんな印象的な絵でした。
 星は降ってはおらず、ただの夢だったのかもしれません。しかし、彼女の心には星が降り、願いを叶えていたのです。絵を描きたい、という夢を。

 もう春が近いというのに風が強く、とても寒い朝でした。強風に吹き飛ばされたためか雲一つなく、やさしく微笑む太陽が絵を照らし出しています。夜と朝が入り交じった、それは何とも印象的な絵だったそうです。

華竜彩祭院

 想像力とは一体どこから来るのか、十年以上考えているのだけれど、未だに回答を得ません。絵、音楽、文章、その他もろもろみなさんどうやってひらめくのでしょうか。過去の経験とかはもちろんだけれど、いきなり湧いて出る場合もあるし。
 さてはて、ここは僕が尊敬する絵のサイトであります。仕事を持ちながら創作活動というのはなかなか大変なことでして、にしりさんが頑張っているのを見ると、こりゃ負けられんといつも思います。

03.03.13(Thu) 消え行く名
 自分の身の回りにいるものたちが、いつの間にか消えていく。一度に大勢いなくなるのではなく、ぽつぽつと、降り始めの雨のように静かに消えていったのです。

 森を切り開いて作られた新興住宅地。以前からの居住者も、新しく建てられた分譲住宅に住む人々もどちらも仲良くやっています、何をやるのにも不自由することなく。理想的な街と言う人も少なくはないのです。
 ところが。この地には古くから神隠しの伝説があるのです。街に住まう人が忽然と一夜にして消えるという。そんなものは迷信と片づけてしまうのは簡単で、この現代においてそんな馬鹿な話があるかと一笑に伏されるに決まってる。でも、そんなに単純な話でもないらしい、現に街のあちこちで消え始めているのだから。

 気が付いたのはおおよそ一週間前。隣家に住んでいる住人が二〜三日姿を見せないと思い、無断ではあるけれど家に入ってみたのです。玄関に鍵はかかっておらず、自分の家と同じような感覚で入れました。
 その場所には普段の生活の痕跡がはっきりと残されている。いなくなったとはとても考えられないのです。それにしてはおかしい。旅行に出かけた形跡もないし。

 自分の身の回りにいるものたちが、いつの間にか消えていく。一度に大勢いなくなるのではなく、ぽつぽつと、降り始めの雨のように静かに消えていったのです。今日もまた一人、消えていく。

 このまま手を拱いていてはいけない。森を切り開いた祟り?冗談じゃない、そんな非科学的なことがあってたまるものか!

 コンピュータという街にはフォントが住む。それが一日毎にどんどん消えていく。謎、祟り、迷信。とにかくそんなものとは無縁で過ごしたいのです。

眠れぬ夜を抱いて

 野沢尚の小説は読んだけれど、ドラマは見なかったなぁ。でも、筋書きは途中までこんな感じだったっけ。でもさ、相手を試すために自分を殺させようとする、なんて有り得るかなぁ。死をも覚悟した、というのはわかるけれど、死んじゃったら意味無いと思うけれど。
 さてはて。WINのフォントが一週間前から消え始めたみたい、気が付いたのは一昨日。昨日は酔っぱらっていたので直さなかったけれど、今日は直さないといけないなぁ。でも、どうやって直すのかわからない。さっぱりです。

03.03.17(Mon) 身動き取れず
 ぼんやりとした夢から覚めると、いつものふかふかで心地よいベットとは異なり、背中に硬い感触を感じる。直接地面に寝たのではないのかと戸惑うほどの違和感、手足はがんじがらめにされているようで身動きがとれないのです。

 天井の模様が違う、それに壁紙の色だって。部屋には僕一人、身動きがとれない状態いるのです。手足が痛く、頭が異様に重い。
 いろいろな事態を考える、最悪のシナリオは何か。知らぬ間に拉致監禁され、酷い目に遭わされる。可能性がないとまったく否定することは出来ない、何故ならそのような事件は日常茶飯事、とは言わないまでも確実に起こっているから。知らない部屋で身動き一つ取れない、これは一体どういうことなのでしょう。

 どうにか動かせるのは目だけ。両目を必至に部屋の隅々まで見渡すと、得体の知れない機械が見えるのです。むき出しのコード、点灯するライト。おおよそ一般家庭にあるとは思えない機械の数々。
 頭に特殊な機械をつけて修行と称する洗脳。過酷な状況に身を委ね、理不尽極まる修行をさせられ、ついに自我をも崩壊させる宗教プログラム。あり得ない話じゃない。そして、洗脳されたが最後、いつまでも洗脳状態が解けずに社会復帰が遅れる人々だっているのです。

 遠くから声が聞こえ、何事かを相談しているよう。耳を澄ませても音源が遠すぎてわからない、それが僕を不安にさせるのです。あぁ、何を言っているんだろう。良からぬことを考えているんじゃないのか。こんなところにいるべきではない、家に早く帰りベッドで眠りたい、こんな痛い思いをするのは御免被りたい。出来るならばこの状況を脱したい、僕でなくてもそう思うかもしれません。

 ぼんやりと今の状況を考えます。いつものふかふかで心地よいベットとは異なり、背中に硬い感触を感じる。直接地面に寝たのではないのかと戸惑うほどの違和感、手足はがんじがらめにされているようで身動きがとれないのです。いや、動かそうと思えばいくらでも動かせるのですけれど。

「おーい、もうそろそろ起きろよ。朝ご飯出来てるからさ」

「もう起きてるよ。しかし、これ寝心地悪すぎるよ」

「悪かったなぁ。でもさ、床の上に雑魚寝するよりマシだろ」

 僕はもぞもぞと体を動かし起きようとします。背中には硬い感触、直接床があるような。それもそのはず。映像関係の仕事に就いた友人宅に僕は遊びに行き、寝袋で寝たのですから。寝袋で寝たために手足が痛く、酒を飲んだせいか頭が異様に重い。

変身

 寝袋にくるまれた姿って、何となく芋虫に変身したみたいです。寝心地が悪いのはしょうがないとしても、暖かく眠れるので文句は言えません。
 さて、日記中にあるように、週末ずっと友人の家に行っていました。男三人で映像を作りつつ音楽を付け、上手に出来るようならばコンテストに出そうかという話。筋書き、音楽、映像、そのどれもを満足させるには、最低でも半年ぐらいかかることに気づかされました。ただし、営利目的ではないグループでやるから、妥協点は上がり、思っているよりも時間がかかりそうな雰囲気。どうなることやら。大変だから止めよう、っていうのが最も恐れるパターンです。

03.03.18(Tue) 壊された頭蓋骨
 殺意と呼んでも差し支えない程の過激な衝動。手には鈍器、叩いたら一発であの世行き。後ろから近づいて、おもむろに手を振り上げ、今まさにその硬い頭に振り下ろそうとしているのです。

 そもそも殺したいほどの殺意を抱いていたかどうか疑わしい。長年に渡り僕と彼との間には良い関係が気づかれ、蜜月とも言うべき良い日々が続いていました。しかし今日、彼のあまりの融通の利かなさに業を煮やし、いっそのことその硬い頭を殴ってやろうかと思ったのです。本来柔らかな中身をしているはずなのに、まったくこちらの言うことを受け付けないその姿勢。
 腕力に自身がない僕ではこの腕一本で彼をうち負かすことは到底叶わない。ならば凶器を持って一発で彼をしとめたらどうだろうか。昼前から犯行計画を考え、入念に周りを見回し、凶器になりそうなものを物色して回る。

 ドラマでは花瓶が凶器に使われるが、あんなもので本当に殺せるのか。気絶させるぐらいなら出来るかもしれないけれど、絶命まではいかないに違いない。頭に打ち付けた瞬間に割れ、衝撃が拡散してしまう。では、衝撃が拡散しないように力を込められる物は何かと逆に考えれば、自ずと答えは見えてくる。つまり、金槌がそれに当たるのでは。なるほど、あれならば釘を打ち付けるように、少ない力で最大限の効果が期待出来るでしょう。後ろから思い切り殴りつけ、骨を砕き、脳髄をぶちまけ絶命させる。これを凶器と言わずして何と呼ぶ。幸いなことに、この部屋にも金槌があるのだし。

 昼になると人影もまばら。危険な意識が僕の体内を回る。体が熱い、血が沸騰しそうなほど。押さえられない衝動、誰かに見られてもかまうものか。今ここでこいつを殺さないと、僕は駄目になってしまう。人生食うか食われるか、こいつにやられる前に食ってしまえ。

 手にした金槌をあいつの頭目掛けて振り下ろす、叩いたら一発であの世行きでしょう。後ろから近づいて、おもむろに手を振り上げ、今まさにその硬い頭に振り下ろしたのです。

 バキッという鈍い音、手に伝わる嫌な感触。どうしてこんなことになってしまった、何てことは一切考えない。むしろ、こうしてかち割ったことが当然というような顔を僕はしていたと思います。中身はぐちゃぐちゃで四方に飛散し、元の形状が推測出来ません。人生食うか食われるか、僕はこいつを食う。喰らうのです。

 金槌を無造作に机に放り、殴った物体の中央へと手を伸ばし、徐に口に含む。ほんの少し甘い香りが口に広がり、充実感で胸が熱くなります。周囲がじっと僕の手元を見ているので、僕はもう一欠片を手でつまみ彼らの前に差し出すのです。硬い殻に守られた胡桃の欠片を。

くるみ割り人形

 チャイコフスキー三大バレー音楽の一つ。白鳥の湖、眠りの森の美女など一度は聞いたことのあると思います。くるみ割り人形はディズニーのファンタジアにもあるので特に有名でしょう。
 くるみ好きなんですけれど、殻を割って食べるのは面倒。すでに剥かれているくるみを買うことの方が多いのでは。ナッツ詰め合わせの定番でもありますし。

03.03.20(Thu) 回り回って何とする
 夢か現かわからぬうちに朝となり、眠い目を擦りながらもある一文について考える。昨晩だけで何回この文について考えたことかわからない。考えても考えても空回りするだけで結論めいたものは出ず、うやむやのまま僕は家を出たのです。

 昨晩は大いに酔っぱらいました。三月に入ってからやることなすことどうにも上手くいかないような気がして、少々やけ気味になっていたのです。傍目にはさほど変化がないように思われるかもしれません。出すものそのものの品質は変わっていないので、僕がどのような気分で物事に取り組んでいたかなどまったく汲みされていないのも無理はないのです。そのことに対し、内心では大いに矛盾を感じていたし、一方では所詮そんなものかと失望していたのも事実。
 精神的な行き詰まりを感じていました。何度もこういった問題に直面し、そのたびに悩み、うやむやにしてきたのです。どうせ今度のことも忙しさの内に忘れてしまうでしょう。結論なんて一生出ないのかもしれません。誰に聞いても具体的な解決手段を教えてはくれないことを、僕は知っています。でも、時にうやむやに出来ない矛盾を吐き出したく、誰かに喋ってしまうのです。

「私にはよくわからないわ。なるようにしかならないんじゃないの?」

「そうだよね。僕もわかっているのさ、そんなことは。ただ、このぐるぐる回る矛盾を、誰かに聞いて貰いたかっただけなんだよ」

 納得いかないような顔をしていましたけれど、酒と一緒に飲み込んでくれたみたいで、それ以降この話が持ち出されることはありませんでした。
 その後、適齢期の男女らしく、結婚の話が出るのも自然の成り行きだったのかもしれません。お互い寂しい身の上ですから、話の帰結がどこに向かうかもわかっています。どうせ、いい人見つけましょうね、でこの会話がうち切られるだろうことも。

「世の中ね、顔かお金かなのよ」

 そりゃあんまりだ、いくら何でもそりゃないだろう。普段そんなことを言うような人ではないので、冗談なのは見抜けます。しかし、本当に冗談なのか。僕は怖くてそこら辺を聞く気にはなりませんでした。代わりに、僕だったらどうだと聞いてみました。こちらももちろん冗談です。

「いるだけで気怠い」

 僕ら二人は酔っぱらっていました。酒を飲むペースは相当に早かったのだと思います。何だかよろしくない雰囲気を肌で、胃で、感じました。冗談が冗談ですむうちに退散した方が良いかな。回り回った男女の会話、一度こじれたら収拾つかないかもしれないし。そして、僕らは店を出て駅で別れたのです。

 呂律が回らなくなるほどではないけれど、かなり酔っていました。時間が経つのが怖ろしく早く気が付いたらベッドに入っていた、そんな印象さえあります。
 ベットの中に入ってからは異様に長い夜でした。彼女の言葉「世の中ね、顔かお金かなのよ」「いるだけで気怠い」が、頭の中でぐるぐると回っていたのです。夢か現かわからぬうちに朝となり、眠い目を擦りながらも、うやむやのまま僕は家を出たのです。

 電車の中でも、いやそれどころか、丸一日煩悶していました。もちろん彼女のあの言葉のためです。あれは一体何だったのか懸命に考えるけれど、めまいがしそうなぐらいぐるぐると頭が回るばかりです。
 結論なんて出ないなんてわかっています、むろん結論の出るような問題ではないことも。しかし、こういう時には誰かに向かって吐き出した方が良い。だからこうして文にしてみたのです。

「世の中ね、顔かお金かなのよ」よのなかね、かおかおかねかなのよ
「いるだけで気怠い」いるだけでけだるい

 後ろから文を読んで下さい。ほうらね、上手い具合に回っているでしょ。もちろん冗談ですよ。

回文

三谷 純のホームページ、ことば遊び、回文より

 回文を作るときには言葉がぐるぐる回るそうです。僕はあまり上手ではないけれど、こういうのが上手い人って、頭の中はどうなっているんでしょう。ぐるぐる回っていたりしてね。

03.03.21(Fri) 第三の目
 お前にもう一つ目をやろう。それを聞いたのは間違いなく中学校の持久走大会でした。それの前にも聞いたことがあったかもしれないし、それ以降にも聞いたかもしれない。だけれどはっきりと記憶に残るのは、紛れもなく持久走大会のゴール寸前のことだったのです。

 学年上位で入賞してやろうという目標もあったので、最後の数キロは持てる体力の全てを出し切るつもりで走ったのです。息はもちろん切れ切れで、周りを見る余裕もなし。ゴールの白線が見えた時に突然そんな声が聞こえたので、空耳だと思ったのは当然でしょう。同級生を見回しても、その辺にみっともなく座り込んで話す余裕も無いようだったので幻聴だと、疲れがその声を聞かせたのだと、そう推測したのです。それ以外に説明がつかないですからね。
 地べたに座り込み、息が戻るとゆっくりとストレッチするために太腿を手で触ると、熱を帯びているのを感じるのです。こっている、解さないと筋肉痛になるな。だから念入りに足を揉みほぐしたのです。第三の目のことを考えながら。

 ちょうどそのぐらいの年齢の子どもらしく、漫画に凝っていました。手塚治虫が好きだった僕は、三つ目が通るに自然と思いを馳せたのです。主人公の男の子が第三の目を用い様々な事件に挑む。普段は絆創膏で額の第三の目を隠しているけれど、いざとなると絆創膏を剥がす。
 しかし、僕には第三の目などない。あるはずがないのです、今も、この先も。例え持久走大会であの声を聞いたとしても。でも、あったら良いかもしれない、ちょっと格好いい。いや、やっぱりそんなのはいらないわ。大体、主人公だって苦悩していたし。

 お前にもう一つ目をやろう。今またその声が聞こえるのです。はっきりと、記憶に残るのと同じ声で。

 恐る恐る絆創膏を取ると、その下から目が現れる。決してあってはいけない、第三の目が。これは夢だ、漫画だ、あり得ない。そう思いたいけれど、現実がそうではないと言う、第三の目が開き僕を見つめている。怖ろしい、本当に怖ろしい。

 はっきりと記憶しているのは持久走大会の時、足に痛みがあったのです。その時に目が出来たのでしょう。足の裏の絆創膏、その下には第三の目、大きな魚の目が隠されているのです。

BAND-AID(タコ・魚の目除去用)

Jonson&Honson、BAND-AIDより

 昔ナイフで魚の目をえぐって良くなったのですけれど、実は芯が取り切れていないらしく、長時間歩くと痛み出すことがあります。スカッシュも原因なのでしょう。足に合わない靴は止めるべきですね。

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