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03.05.02(Fri) 解決のつかない問題
 解決のつかない問題があると気持ちが悪いもの。僕は意地悪く妹に謎を問いかけるけれど、どう努力しようが答えを出せるわけもなく、表情からは困惑の色が見て取れるのです。

 食卓で新聞を読みながら、ご飯が出来るのを待つ。家族そろっのて食事。朝の我が家にとっては珍しいことで、ゴールデンウィークを実感します。朝は各自勝手に食べる、これが我が家のルール。台所を見ると珍しく妹が料理を作っています、ゴールデンウィークのおかげでしょうか。普段の妹は朝から朝食を作る、そんな律儀で規則正しい生活をする人ではないのです。ご飯にたまごかけ、あるいは納豆。概ねこんなところ。
 タイマーをセットして、そんな声が聞こえました。食卓の隅にあるキッチンタイマーを指差しています、僕は妹から指定された時間をセット。

 テレビを真剣な眼差しで見る父。録画してあった動物番組を見ているようです。動物の不思議みたいな事をやっているみたい。僕は新聞を読んでいたのでテレビには興味が湧かなかったのですけれど、いくつかの単語が耳に入ってきます。陸上に住む動物、人間、ほ乳類、鳥類、そのような言葉。まぁ、ありがちな番組であろうと気にも留めませんでした。
 それよりも僕が気がかりなのは、料理下手な妹がきちんと朝食を作れるのか、その一点に尽きます。新聞を読みながら、父のテレビを耳に聞きながら、考えていたのはその事だけなのです。朝食ぐらいで大げさな、と思うでしょう。しかし、食べることは生きること。昼までの時間を餓えて過ごすのはいただけませんからね。

 ベルが鳴り、指定された時間が来たことを告げる。妹の動きがあわただしくなり、僕の胃もぐうと鳴る。もうすぐ食べられる、そんな期待の声が胃から出たのかもしれません。

 料理が食卓に並び、いただきますの声で一斉に食べ始めます。サラダ、漬け物、みそ汁、そして茹でたまご。家族みんなが好物である、たまごは食卓に欠かせません。皮を丁寧に向いて、口に放り込む。と、僕と父の好みからすると少し硬い黄身。おいおいちょっと硬いじゃないか、そんな非難の顔を妹に向ける。しかし、妹と母はこれでちょうど良いらしい。誰の顔にも困惑の表情。僕は妹に問いかける、タイマー通りだったのにどういうことなのかと。

 タイマーの指定時間は完璧でした。にも関わらず期待通りの加減にならなかったのは、各自の好みによるからです。妹が指定した時間は固ゆでの時間、僕と父が好きなのはそれよりも短い、半熟の時間。十人十色、どう努力をしようが答えを出せるわけもない。にわとり型のタイマー、その表情から心なしか困惑の色が見て取れるような。

 にわとりが先かたまごが先か、それが解決のつくことがない我が家の問題なのです。

キッチンタイマー

Yahoo.co.jp、ショッピングより

 前にもたまごの日記を書いたはず、茹でたまごって難しい。自分の分だけでも難しいのに、人の好みまで合わせるのは大変。あ、そうそう。にわとりが先かたまごが先か、っていうのは解決のつかない問題を指します。
 さて、本文中にもありましたキッチンタイマー。左上の写真のものがそうです、かわいらしいでしょう。キッチンタイマーを検索したらユニークなものってたくさんあるんですね。

03.05.03(Sat) 異邦人の憂鬱
 人は誰もが異邦人である、とは小説の中の一文だったか、それとも詩の文句だったか。この街に来てからというもの、僕は自分が異邦人だと痛烈に感じてしまうのです。

 街に住む人々の奇怪さをどう伝えれば良いか。まったく別の言葉を話しているということではなく、きちんと相手の言っているのかわかる。わかるけれど、このおかしな会話は何だろう。言葉はキャッチボールで、自分が何かを言えば相手から言葉が返ってくる。そういうものだと信じていたけれど、この街の人は。馬鹿みたいに同じ言葉しか返ってこないし、こちらの聞きたいこともまったく無視して勝手に話しまくる。こんなのって。一人だけならば、この人がどうにかしてしまったのだと理解出来るのだけれど、誰も異口同音に同じ内容を延々と繰り返すのには寒気すら覚えるのです。彼らには彼らの言葉があり、僕とはまったく通じない。

 テレビで見たニュースを思い出す、白装束の集団が林道を選挙した絵。集団が異常な狂気に取り憑かれた様子が映し出されていたっけ。カルト宗教、洗脳された人々。彼ら自身は至極真っ当に生活しているつもりだけれど、端から見たらどうなるか。恐れ、不安、怒り。そう、ちょうど今の僕が、この街の人々を見るように。しかし、街人が狂っているようには見えない。ひょっとしたら、僕が狂っているだけなのかもしれないな。もう良い、たくさんだ。こんな街とは早いところおさらばしよう。

 狂気に取り憑かれた、僕は、異邦人。街を出る時に、僕はふと声に出して言ってみたくなったのです。

 次の街でも、その次の街でも。人々は同じ会話を繰り返し、僕はついに目的を見失い、街にとけ込む。もう誰もおかしくはない、全ての人が異邦人なのです。

アークザラッド 精霊の黄昏

SCEIより

 時間が出来たのでゲームなんぞしてみました。どうしてRPGっていうのは街での会話がだるいのでしょう。みんな同じことしか話さないし、とんちんかんなことばっかり言うし。いっそのこと、一度話した内容は話さないようにしたり、ボタンを押すタイミングで話す内容が変わったりすればよいのに。
 という会話を楽しむゲームは、やっぱりコンピュータ相手ではむりなのでしょう。やっぱりThe Sims Online買うかなぁ。

03.05.05(Mon) マメな人
 男性から見てどんな女性が良いか。やさしいとか、かわいいとか、頭が良いとか、いろいろあるでしょう。これを女性から、それもつい昨日失恋した女性から聞かれたらどうするか。僕はいつも以上に悩んでしまうのです。

 奥まった座敷で二人きり、話があるからと電話があり会ってみたら失恋話。彼女は飲むペースが尋常ではなく、こちらが止めてもその勢いは留まることを知らない。おまけにとんでもない泣き上戸。頬を涙でびしょびしょにしながら、なぜ別れたのかを訴えるのです。
 彼女はとても忙しい人で、恋人とすれ違うことが多かったそう。彼が休みの日には彼女が忙しく、彼女が休みの日には、逆に彼氏が忙しいといった具合。始めはそんなことはなかったらしく、年を重ねるに連れて仕事がどんどん忙しくなっていたらしい。会社では人切りが進められ、一人二役三役をこなさなければならない時代だから、仕方がないことなのかもしれません。
 そうやって何年か経ったときに、恋人に良いなと思える人が出来たらしい。彼と同じ会社の人で、当然休みの日は一緒。おまけに弁当をつくってくれたり、甲斐甲斐しく振る舞うので、いつしか心を許してしまったそうな。で、昨日とうとう別れ話になったとのこと。

 じゃあ仕事を辞めればよかったの?それとも彼と同居でもすればよかった?甲斐甲斐しく、マメにならないと駄目なの?
 切々と訴える彼女に、僕はどう答えれば良いのかまったくわかりませんでした。適当に相づちを打ち、酒を一緒にのみ、憂さ晴らしするしか仕方ないじゃないですか。もう終わったこと、過去を振り返っても仕方がないのです。時間のみが解決するでしょう。

 僕らはぐでんぐでんに酔っぱらい、意識が飛ばないまでも、歩いて帰るのが困難なぐらい。彼女の家の近所で飲んだので、一晩泊めて貰いました。

 二日酔いの頭を抱えながら起きると、昨晩何事もなかったかのようにしている彼女。窓からは朝の日差しが差し込み、開かれたカーテンから鯉のぼりが僕らを覗き込む。テーブルには食事が用意されていました。
 椅子に座って彼女を見ると、抱え込んでいたもやもやを吐き出したためか、すっかり元気になっていました。マスカラが溶けるまで泣いていたなんて嘘みたい。両手を広げてテーブルの食事を指し、しっかり食べてよ、二日酔いなんて吹っ飛ぶからと促します。

 朝食らしい朝食です。あり合わせのものしかないと言うけれど、なかなか大したものじゃないですか。豆腐のみそ汁、納豆、豆腐、豆の入ったひじき、それに豆乳。みんな豆を使った料理です。

 昨晩涙ながらに訴えた彼女。十分に甲斐甲斐しく、マメだと思いました。

失恋シミュレータ

 出会いがあれば別れもある、解決するのは時間だけ。でも、彼女は自分で言うよりも甲斐甲斐しくマメだし、かわいいし聡明な人なので、きっとすぐいい人が見つかると思います。

03.05.07(Wed) 非難めいた視線
 みんなが大口を開けて笑っているような気がする、視線が痛い。世間様に指を指されるような恥ずべき行為をしてはいないのに、何故だろう。被害妄想が強すぎるのだろうか。

 五月に入ってから、街に出るときに視線を感じるようになりました。誰かが僕を見て、笑っているような。その数はそんなに多くはないのだけれど、僕を見ているのは確実です。根拠なんてありません、しかし僕にはわかっているのです。
 被害妄想が強すぎるですって?そうかもしれません。耳を通してではなく、直接頭に笑い声が聞こえます。怪電波、そんなものが。

 日増しにその視線と笑い声は強くなってきました。耐え難い。精神錯乱状態かと自分を疑ってけれど、頭は冴えに冴え渡っているのです。こうして文章を理論整然と書けるのがその証拠。頭に直接、ケーブルでも繋がれたかのように、文字が、絵が、流れ込んできます。

 怪電波、精神が病んでいる。いやいや、これは紛れもない現実。僕は錯乱などしていない、しているはずがない。もうその視線と大口開けた笑いとが少なくなってきました。もう少しです、今週中にはそんなことはなくなるでしょう。

 今日は五月七日。鯉のぼりが悲しげに泳いでいます。その視線が痛い。笑顔で僕を非難しています、はやく片づけろってね。

徳永こいのぼり

 年中行事のために飾りを出すのは楽しいけれど、片づけるのは面倒くさい。片づけなかったものたちが無言で非難している、そんな気がしませんか?ただ単に僕が面倒くさがりなので、そう思えるだけなんですけどね。僕は鯉のぼりを持っていないけれど、隣家のベランダではためいているのを見ると悲しくなります。

03.05.13(Tue) 騙す者、騙される者
 騙す者と騙される者、この二者に世の中は分類される。妻を見ていてつくづく思う、俺は彼女に騙され続けていると。

 妻と出会ったのは五年前。病院の待合室でとなりあわせになったのがきっかけでした。毎週同じ時間に顔を合わせるので、だんだんと気になる存在に。男はただの風邪だったけれど、女は心臓に持病があるのよって。あまりに事も無げに言うので冗談かと思ったけれども、結婚してからそれが本当であることに気づく。たまに心臓発作を起こし苦しそうにしているのを見ると、こちらも胸が締め付けられるような。妻が苦しいときは自分も苦しくなる、妻が嬉しいときは自分も嬉しくなる。妻のために一心に働き、彼女の欲しい物を自由に買わせる。宝石、ブランド物の服。妻に何と似合うことか。

 二人が一心同体、そんな蜜月も長くは続かない。妻の物欲には際限がなく、欲しい物を買い漁る日々。ある程度の地位を得て少しは余裕が出来るはずなのに、貯金がないとはどういうことだろう。一度しか袖を通したことがない服のために、汗水垂らして働かなければならないのは我慢が出来ない。心臓病の妻に苦労をかけたくない一心で働いた報いが、この粗末な食事だとでも。この生活には耐えきれない、妻が愛しているのは金だけ。俺は騙されている、病院で始めて会った日から。貞淑で潔癖で頼りない、そんな自分自身で紡いだ妻のイメージに騙されている。

 もう騙されるのには堪忍ならない、今さら愛してもいない妻と一緒には暮らせない。彼女は承知しないだろう、理想の金蔓である俺との離婚なんて。だったら殺すしかない。そう、ただで殺すのは勿体ない。妻には散々金をかけてきたのだから、そのお金を返してもらわなくては。保険金殺人というのが頭に浮かぶ。彼女はここ数年発作を起こしていないとはいえ、心臓病を抱えている。そう、発作が起きたときに薬を飲まなければ死ぬだろう。

 ピンポーン、と来客を告げる音が鳴る。妻はいつも通りに買い物に出かけているので、仕方がなく玄関へ向かう。戸を開けると、カチッとしたスーツに身を包んだ女。

「N保険の者なんですけれど、保険に入っているでしょうか?」

 N保険なんて聞いたことがない。間に合ってます、と普段なら言うところ。だけれど男は妻を殺すことで頭が一杯、目の前にいる女はどうにかして保険に加入させたがっている。渡りに船とはこのことか、断る道理はない。自分を引き取り人にして、妻の生命保険に入ってしまおう。もちろんカモフラージュのために自分も生命保険に入ろうか。そうすれば後は妻が発作を起こすのを待つだけ。ちょっと言い争いをしようものなら、興奮してすぐにでも倒れるだろう。前にも一度そういうことがあったし。

「それにしても、N保険なんて始めて聞きましたよ」

「えぇ、新興の保険会社なんですよ。外資で体力がありますから、掛け金の割には支払額が大きいんですよ」

「ははぁ、では掛け金を大きくしたらどうなりますか」

「もちろん他社よりもずーっとお得ですよ」

 お得、か。騙されるより騙せ、世の中はこの二者しかない。殺しも商売になるなんて、保険は実に有り難い。金目当ての殺人が起きるのも通りだ、こんな美味しい話は他にないだろう。

「ところで、奥様とは結婚してどのぐらいになります?」

「五年、ですかねぇ。彼女の魅力にすっかり騙されてしまったんですよ、ははは」

「相思相愛でうらやましいですね。でも、私たちは騙さないでくださいよ」

 和やかな雑談ムードだったけれど、この女は俺の計画に気づいていたのか。いや、そんなはずは。これはただの冗談だろう。

「まったくー、冗談は止めてくださいよ。保険金詐欺なんかするわけないでしょう」

「そうですよねー、馬鹿なこと言ってすみません。あはは。何かあったら私の方まで連絡を下さい、すぐに飛んでいきますからね」

 数ヶ月の後。会社から帰ると、妻はまた高価な服を何着も買い込んで嬉しそうに眺めている。もう我慢ならない、離婚をほのめかすと口汚く罵る妻。どんどん興奮していくのが手に取るようにわかる。握りしめた拳、飛び散る唾、口紅より赤い頬。わざと気に障るような事ばかりを言い妻を苛立たせる俺。激高する妻は手を振り回して暴れるが、そのうち胸が苦しくなってきたようで床にうずくまり、助けを求めてきた。だが、救いの手を求めても無駄というもの。今度は俺が妻を騙すのだ。

 妻が死んだのを確認してから救急車を呼ぶ。何かボロが出やしないか、殺したのが見破られないか心配したけれど、そのようなことはなかった。心臓発作による死と医者に認められた、即ちこれは犯罪ではないということが確認されたということ。大手を振って保険金を貰える、憎い妻を殺して。俺は、最後に騙したのだ。

 大急ぎで保険屋に連絡を取る男。保険外交員の女に貰った名刺に電話をかける、がしかし通じない。現在使われておりません、と声の抑揚がないメッセージが流されている。間違った番号にかけたかと、もう一度電話するが結果は同じ。女の電話番号が変わったのか、そうに違いない。そこで保険に記載された番号に電話するも、全く関係のないところに繋がってしまう。電話案内でN保険会社を調べると、そんなところはないとのこと。そんな馬鹿な。
 慌ててネットでN保険会社を検索すると、何件かヒットした。そこに飛んでみると。

『N保険を詐称する新手の詐欺にご注意』

 騙す者と騙される者、この二者に世の中は分類される。妻のいない広い家の中で男は泣いた。俺は騙され続けている、と。

黒い家

Amazon.co.jpより

 貴志祐介の出世作。ちょうど和歌山保険金詐欺事件があった頃に読んだので、やたらとリアルに感じ、怖かった覚えがあります。今日の日記はもちろん創作ですよ。たまたま保険の勧誘が来たので、ちょっと思いついただけですからね。犯罪は許すまじ。

03.05.18(Sun) マグニチュード7
 足下がぐらぐら揺れる。地震なんて日本に住んでいれば珍しくはない、だけれど頻繁に起こるとさすがに怖いのです。国内どこにいても危険。揺れが収まるののを待ちながら、地震対策をしなくてはならないなと思ったのです

 複雑に絡まったプレート上に日本列島は位置し、いつ地震が起こってもおかしくはないと言われています。阪神淡路大震災は記憶に新しく、地震の恐ろしさを認識したことでしょう。地震が怖ろしいことを知識として知っている、しかし実感が伴い備えていた人の何と少ないことか。

 先週と今週、二週続いて関東地方に地震が起きたのです。ベッドの中でじっとしながら目だけを動かしてみると、本棚が大きく揺れている。大した地震でもないのにこの揺れでは、大地震が来たらひとたまりもない。倒れた本棚の下敷きになって死ぬのは明らかです。
 地震が収まり、本棚の揺れも同時に収まる。すっかり醒めてしまった頭で、明日は地震対策の器具を買おうと誓うのです。

 さっそく買ってきた器具を取り付けよう。本棚の上と天井の間に取り付ける固定器具、これを説明に従って取り付ける。二本で一対、それを棚の上に。始めは左に、僕の背より高い本棚なので椅子に乗って。椅子はぐらぐらするけれど、地震に比べれば大したことない。自分で揺れを起こしているのだから、バランスさえ気を付けていればまず大丈夫。次は右、これはベッドの上に乗れば楽チン。造作なく取り付けます。

 いよいよ確認作業、これをしないと安心できません。パソコンだって初期不良があるし、車だったら慣らし運転があるように、一度使って感触を確かめなければいけません。地震対策の器具ももちろんです。しかし、地震は自然に起こらないので、自力で揺れを起こさなければなりません。

 足をしっかりと固定して、全身の力でもって棚を揺らす。わずかに動く、しかし昨日の夜ほどではありません。さらに強い力でもって、マグニチュード7の地震を想定して揺らす。

 足下がぐらぐら揺れる。え?まさか地震?こんな実験をしている最中に?その時でした、視界が30センチほどずれ、僕は倒れてしまったのです。大地震か、何だこれは?
 目を足下に向けると、ベッドの底が抜けていました。地震なんて日本に住んでいれば珍しくはない、だけれどこんな揺れは御免です。

 明日は自分の寝床を作るために何らかの対策を施さなければ。底の抜けたベッドで放心しながら思いました。

マグニチュード7

Yahooショッピング、東急ハンズ、防災洋品特集より

 防災用品は完璧でした。完璧でないのは、僕が間違ったテストをしたからに他なりません。あぁ、高くついたなぁ、明日はベッドを買おう。

03.05.20(Tue) バケツ男の予言
 街を歩いていると、ごくまれに奇妙な人を見掛けます。夏も近いというのにコート姿の人、ピンクのふりふりレースを着たご老人。しかし、僕の目の前にいるこの男。いくら奇妙とはいえ、ここまでの出で立ちの人に僕は出会ったことがない。

 足下は黒い革靴、底がかなりすり減っている。元々はピシッとしていた、クリーニングに出したことのないであろうよれよれの背広。ここまではそんなに珍しいことじゃない。僕だって背広をクリーニングに出すのは面倒くさいし、靴クリームなんて月一で塗るか塗らないか。問題は、その人が頭にバケツを被せていたってこと。

 バケツを被せた、よれよれの背広と靴を履いた、街を歩く男。バケツを被せたという文字さえなければ、さして奇妙でもないのに。明らかに異常、街に不似合い。三流ホラー映画でアイスホッケーの仮面を被せた男がいたけれど、あれは大いに人を怖がらせていたので、仮面を被ることは一流の演出かもしれない。
 しかしバケツを被って何になる?人の視線を浴びるのが目的の、愉快犯なのか。周りの反応が知りたくて街行く人をそれとなく見てみるけれど、あまり関心を払っているようには見えない。むしろ、バケツ男の存在を無視しているような節がある。それどころか、バケツの存在なんてハナからないものとして扱っているのでは。すれ違っても何の反応もなし、これはどういうことなのだろう。

 夏の入道雲のように好奇心がむくむくとわき上がり、この男と話をしてみたくなりました。話をしなくてはいけないような、誰かが問い質さねばいけないのなら僕がやってやる、そんな心構えです。

「あの、どうしてバケツを被っているのですか?何かの罰ゲームとか?」

「あなたにはバケツが見えるのですか」

 どういうことだろう。裸の王様みたいに、見えないものを見えると言っているわけじゃないのに。僕は、確かにバケツが見えている。この男の話からすると、他の人にはバケツが見えていないってことになるんだよな。

「えぇ、見えていますよ。頭を覆い被しているバケツが」

 僕の方をまじまじと見つめる男。目はバケツの下にあるので、見つめているかどうか実際にはわからないのだけれど、きっと見つめているはず。曇り空のようなどんよりとした、今にも雷でも落ちそうなピリピリとした空気。醸し出された雰囲気によってバケツ男が僕を見ていると、睨んでいると確証づけるのです。

「良いことを教えてあげましょうか。このバケツが見える人は、何れきっと私と同じようにバケツ男になるのですよ。そして、それはあなただけではない」

 つき合っていられない、この男は何を言っているのだろう。関わりを持とうとした僕が馬鹿だった、貴重な時間を無駄にしてしまった。男から離れ、オフィスのあるビルへと向かう。

 あの男は何のためにバケツを被っていたのだろう、どうして最後に僕がバケツ男になると言ったのだろう。しばらくの間、と言ってもせいぜい一時間ぐらいでしょう。僕はあの男のことを考えていたのだけれど、仕事に忙殺されてしまい、帰宅する頃にはそんなことを忘れてしまったのです。

 帰りの電車の窓に激しく打ち付ける雨、レールの上を電車が走るガタゴトという音にも負けていない。暗い夜空に雷が走り、車内がざわつく。
 電車が下車駅に着くと憂鬱な気持ちでホームに降り、傘を用意しながら改札を出ます。こんな折り畳み傘などこの雨では役に立つまい。案の定、傘の骨が折れそうなぐらい強い雨。背広、靴、鞄、僕の身体を激しく雨が打つ。

 這々の体で家の前にたどり着くと、そこにバケツ男が立っていたのです。シャワーを浴び、濡れた身体を暖めたい。こんな奇妙な男と話している時間など惜しい。だから、この奇妙な男とやり合っていられない。しかし何故、僕の家の前にいるのか?そこだけはきちっとしておかなければ。またしても、この男を問いたださなければいけない衝動に駆られます。

「どうしてこんなところにいるんです?」

「だから言ったじゃないか、あなたはバケツ男になるってさ」

 奇妙だ、奇妙すぎる。街を歩いていると、ごくまれに奇妙な人を見掛けるけれどこの男の比ではない。

「あなたに私のバケツを差し上げます、受け取ってください」

 頭にあるバケツを両手で持ち、ぐっと上に持ち上げる。すると、バケツの中にずるずると身体が引き込まれ、かたつむりかやどかりか、そんな生き物のようにバケツにすっぽり身体が入ってしまったのです。カランという音がして地面に転がるバケツ。
 恐る恐る見てみると。男の身体はそこになく、ただ雨水が貯まっていく、何の変哲もない一個のバケツなのです。

 バケツの取っ手を握りしめ、呆然と立ちつくす。その間にも雨は降る、強く、激しく。だんだん重くなるバケツ。

 「僕がバケツ男になる」と言った意味を、「他の人もバケツ男になる」と言った意味を。バケツに貯まった水の重さを感じながらが、僕は全てを理解する。

 僕の方をまじまじと見つめていた男の、あの雰囲気。曇り空のようなどんよりとした、今にも雷でも落ちそうなピリピリとした空気。

「ほら、言いましたよね?あなたはバケツ男になるって」

 空から声が聞こえ、それまで以上の雨が降ってきました。大量に、まるでバケツをひっくり返したかのような。
 気が付けば、僕はあの男と寸分変わらぬ格好をしていたのです。よれよれの背広と靴を履いた、街を歩く、バケツをひっくり返したような雨に濡れた僕。

 あのバケツ男の気持ちがわかるような気がします。街に出ても格好を気にする人なんて誰もいないでしょう、今のこの雨ではね。

高気圧ガール

circustown.netより

 昨日の雨は凄まじく、ずぶぬれになってしまいました。シャワーを浴びたら急激に眠くなってしまい、そのまま熟睡。昨日この日記をアップする予定だったのですけれど、昼休みを利用して書きました。そのため昨日の日付です。

03.05.22(Thu) 魔法の石けん
 女は美しくありたいもの。美しい者には幸がある、両親の期待を授かった名は美幸。自分の名前である美と幸という字を思うと理想と現実との差に愕然とし、どうにかしなくちゃ、このままではいられないと焦燥感に駆られます。

 エステにフィットネス。りんごダイエット、パパイヤ、筋トレグッズ、その他にも多くのダイエット。一キロ痩せたと一喜一憂し、ニキビが出来たと落胆する。給料を貰えばその全てを美への追究、つまり化粧品につぎ込んでいく。エンゲル係数が高いというのはよくあることだけれど、彼女の場合は化粧品代、コスメにかけるお金が一番高かったのです。終わりなき美への追究、過剰なまでの。名前に負けるわけにはいかない、その一念が彼女を突き動かします。

 外に出ると人々の視線が痛い。私のことを醜いと言っているような、いやきっとそう言っている。口には出さなくても、心で。だからみんなが私を見るのだろう。友人は私のことを綺麗だ、美しいと言ってくれるけれど、そんなの嘘。あまりにも酷いご面相なのを気遣い、そんな嘘をついているに違いない。あぁ嫌だ、もっと綺麗にならなくちゃ。

 もっと美しくなりたい、誰にも馬鹿にされないぐらい。憂鬱な気分で街を歩く彼女。すると一人の女性が彼女に近寄って来ました。何かを売りつける気かしら、それとも宗教の勧誘?まぁ良いわ、どちらにせよ断るだけだから。

「新製品の石けんのモニター調査をしているんですけれど、ご協力願えませんか?」

 石けん、と聞いて彼女が動かないはずがありません。他のどんなことよりも自分を磨くこと、美しくなることに執着する彼女です。

「えぇ、協力させてください。ぜひ」

「それでは、この紙にご記入ください」

 名前、住所、電話。個人的な情報を書くのはちょっと怖いけれど、美のためなら全てを犠牲にしてもいい。美しくなれば幸せになれる。目の前にいるこの女の肌ときたら、赤ちゃんの肌みたいなんですもの。きっとこの石けんを使っているんだわ。そうじゃなきゃ、あんなに瑞々しくプルプルした肌になれやしない。

「すぐそこにモニタールームがありまして、そちらで洗顔をしていただきます」

 すぐさまモニタールームに直行する二人。中には多くの女たち、とりわけ働いているスタッフは美しい。

「ではこちらにお座り下さい、石けんを持ってまいります」

 丁寧な対応、心地よい椅子、好みの音楽。ここの石けんを使えばスタッフと同じぐらい美しくなれるんだわ。

「この石けんを使えば変わりますよー。それも信じられないぐらい」

 小さな試供品らしき石けん、袋にはフェイシャル用とある。スタッフがほっそりした形の良い指で袋を開け、石けん置きに載せました。手に取り、水を湿らせ、手でゆっくりと泡立たせる。両手一杯のきめの細かい極上の泡、顔いっぱい丁寧に付け磨く。眉、目の下、頬、口紅。丁寧に、美しくなることを祈りながら。

「どうですか、驚くほどの肌になりますよね」

 顔を洗い流していると、スタッフが聞いてくる。あら、本当だわ。予想はしていたけれど、これ程までとは。ここで働くスタッフのように、プリプリの肌。信じられない。
 その後、アンケートのようなものを書かされる。使用感はどうですか、肌はどうなりましたか、これからも使ってみたいですか、などの項目を次々埋める。美しくなったという実感、もっと美しくなれるという予感、それらの入り交じった興奮と頭と身体にもたらされる凄まじい快感。これで全身を洗ったらどうなるんだろう、想像せずにはいられない。押したら跳ね返ってくるような弾力のある、ニキビ一つない、つるつるの肌になるのでは。

「この石けん、ボディー用もあるんですよ」

「使ってみたいです、ぜひ」

「今こちらにはないんですけれど、ボディー用もあるんですよ。よろしければ家にお届けしましょうか」

「えぇ、お願いできますか」

「もちろんです。ただし、その際に私が行きまして簡単なマッサージの講習をさせていただきたいんです」

 断る理由のあろうはずもない。マッサージで全身美しく、この魔法の石けんを使って。

 数日後に電話があり、翌日にどうでしょうかと尋ねてきました。即、よろしくお願いしますと返事。明日には石けんが来る、マッサージ付きで。ものすごく待ち遠しい。

 眠れない夜を過ごし、肌はボロボロ。でも、あの石けんならば。こんなに夜更かししたって、酒を飲み過ぎたって、手入れをしなくたって、きっと平気だわ。
 家のベルを鳴らす音があり、出迎える。このあいだの女性、女の私から見ても綺麗。男が放っておかない女って、こういう人かしら。

「では、さっそく準備に取りかかりましょうか」

 顔の洗い方、身体の洗い方。今までに本やビデオで研究したどんな洗い方とも違う。押すように洗う、って言えばいいのでしょうか。まるで粘土をこねるみたいに、皮膚を洗う。
 それでは実践ですと、風呂場へ促されます。何かあったらいつでも呼んで下さい、そうして石けんを手渡されました。あの、魔法の石けんを。

 言われた通りに身体をマッサージしながら、よく泡立てられた石けんで顔を洗う。気持ち良い、身体が溶けるぐらいに。快感で、意識が飛んでいく。美しくなるんだわ、これで。もう美幸という名前に負けはしない、文字通り美しく幸せになる。強く願いながら、彼女は気を失ってしまう。

 もうそろそろ良い頃かしら。石けんを運んできた彼女は椅子から立ち上がり、風呂場に向かいます。ドアを開け、彼女が見たものは。

 そこには目、鼻、口、顔を構成する部位が取れた身体、肉塊が転がっていました。目や鼻を広い集め、桶に入れます。そして、彼女も手に持った石けんで顔を洗う。ポロポロと取れていく目、鼻、口。それを流しに捨て、桶に入った美幸の顔を自分の顔に取り付けます。

「この顔いいじゃない、気に入ったわ」

 そのままボディー用の石けんで、美幸の身体を洗い続けるのです。美幸の身体はどろどろに溶け出し、流しに流れていきました。跡形もなく、綺麗さっぱりと。

 あの美幸って子、すごく美しかったのに。わからないわ、もっと綺麗になりたいだなんて。まぁ、おかげで私は綺麗な顔が手に入ったのだけれど。

「どう、この石けんを使うと変わるでしょ。それも信じられないぐらい」

 美幸の顔をした女は一人ほくそ笑みました、誰もが振り返るようなゾッとする美しさで。

お風呂の愉しみネットストア

 僕の周りにいる女性がそろって石けんを作り始めました。一つ貰ったんですけれど、その人を身近に感じて卑猥に感じたり、女の美への執着を感じて怖くなったり。ただの友だちという関係なのだけれど、その石けんを使っているとなかなかに複雑です。

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