一本の線を複数の人間で引っ張りあっているような張りつめた空気。胃がキリキリと締め付け胃液が出てきそうなぐらい。賭けをするには精神力が弱すぎるのかもしれないな。
コップを見るたくさんの目、一人の子どもが真剣勝負に挑もうとしていました。ゲームはそんなに難しいものじゃない。表面張力ゲーム。コップに注がれた水に十円、五円、一円を入れて水がこぼれないようにし、入れた金額の累計に比して罰が決まるというもの。 そんなに難しくはないと言ったけれども、これは何にも考えていないと難しくないだけであって、実際やってみると様々な心理作戦を展開されるのに気づくはず。順番の相手に対して言葉巧みにもっと大丈夫だ、いやそれじゃこぼれるに決まっているという風に。
コップの口と目線を水平にして十円を慎重に注入。ゆらゆらとした軌道を取り硬貨がガラスの底に落ちてカチリと音がします。一枚入れるたびに相手にプレッシャーがかかり、枚数を重ねる毎に難しさは上がっていく。もういつ水がこぼれてもおかしくないように思えるのだけれど、まだ追加出来るのかもしれません。
ぽちゃん、カチリ。ぽちゃん、カチリ。こんなにお金をつぎ込んでもこぼれないのは異例のことで、誰の目にも狼狽の色。このまま行ったら罰ゲームはひどいことになる、自分にだけは当たりたくない。こんなゲームで罰ゲーム、馬鹿馬鹿しいでしょう。自慢じゃないけれど僕はこのゲームで負けたことはないし、負けるつもりもないのです。つまらない意地?あぁ、そうかもしれません。もっと前、罰が軽いうちに罰ゲームを受けるのであれば、負けてもよかったのですけれど。しかし今となってはもう遅い、こんな大きな罰ゲームを誰が受けたがるでしょうか。
一本の線を複数の人間で引っ張りあっているような張りつめた空気。胃がキリキリと締め付け胃液が出てきそうなぐらい。ピーンと張った極細の糸、その上での危険な綱渡り。
子どもの時には表面張力ゲームに負けたことはありませんでした、記憶においては一度たりとも。負けそうな危ういゲームは唯一上に挙げたものだったけれど、小銭が尽きてその回は流れたのです。実に運が良かった、と当時を回想する。
締め切り当日の極限状態の中、複数の思惑から右往左往を強いられた今回の依頼。こぼれそうでこぼれなかった水のように、僕は何とかゲームをやり過ごす。今回は大丈夫だった、でも次回は?
賭けをするには精神力が弱すぎるのかもしれないな。
■ 白夜行
東野圭吾公式HPより
「秘密」「どちらかが彼女を殺した」しか読んでいなかったんだけれど、こんなに緻密な小説があるとは。主人公二人を結びつければ楽なんだろうけれど、そうしないぎりぎりのところで話を組み立てる。文章の表面張力と言えなくもない、かな。 |