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メノモソはmusica-dueの一部です
03.02.01(Sat) ここ掘れワンワン
 遠い国の昔話を思い出していました。あぁ、あのおじいさんもこうやって犬を大事にしていたら、犬が恩返しをしてくれたという。まぁ、あれはお話で現実には犬が吠えるときと言えば、他に犬がいて縄張りを争ったり、行きたい方向と違うぞと飼い主に訴えるなど、ろくなもんじゃない。
 彼の犬はたった今、手綱の主に何かを訴えるためにわんわんと吠えています。あぁ、うるさいなぁもう。何か良いものでも見つけたの?

 おじいさんはいつものように犬を連れて散歩に行きました。おじいさんと犬は大の仲良し、こうして連れ添って歩いているととても良い気分。こんな寒い季節でも心が温かくなるのです。
 ある日。犬が強い力でおじいさんを引っ張っていくと「ここ掘れわんわん!」と吠えるではないですか。あまり吠えない犬なのにこれはただごとではない、そう思い掘り返してみると大判小判がざっくざく。

 犬に引っ張られるままに走る彼。頭の中には大判小判がざっくざく。いやいや、そんなわけはないよな。このご時世、そんなおいしい話があるわけがない。あの昔話を見てみろよ、私利私欲むき出しにした隣の家のおじいさんの末路をさ。ろくなもんじゃない。今こうして犬に引っ張られて走っているけれど、どうせ見つけるのは他の犬のおしっこ、マーキングだろうさ。
 走っていた犬がピタッと止まり、だらりと垂らした舌からよだれを滴らせ、これが見つけた物だぞと誇らしげな顔をしています。透明の瓶。中に入っているのは得体の知れないもの、未だかつて見たことがない粉末。

 さてどうしたものか。そこでまた頭に遠い国の昔話が甦るのです。隣の家のおじいさんはどうなったか。ブルブル、あな恐ろしや。これまでにそんなに非道なことをした覚えはないけれど、誰かが見ていないとも限らない。うんうん、この国の治安維持システムは怖ろしいからな。壁に耳あり障子に目あり、くわばらくわばら。

 その瓶をひょいと拾い上げると、犬と共にそのまま警察に持っていきました。書類をいっぱい書かされたけれど、これも仕方のないことです。

 どうも朝から具合が悪い、瓶を届けてから数日後のことです。一番最初に瓶を見つけた犬もどうやら具合が悪いみたい。この体の不調の原因、思い当たる節と言えばあの瓶ぐらい。あぁ、あれは何だったのか。

 朝食を食べながら彼は新聞を読み、新聞から時々目を離しては遠い国の昔話を思い出していました。あのおじいさんも犬を大事にしていたから、犬が恩返しをしてくれたのに。しかし現実はどうだ。犬が吠えるときと言えば、他に犬がいて縄張りを争ったり、自分の行きたい方向と違うぞと飼い主に訴えるなど、ろくなもんじゃない。そう、ろくなもんじゃない。

 やっぱりそうか、あの昔話のラストはこれを暗示していたんだな。彼は「この記事」を見つけて愕然としてしまったのです。

 枯れ木に花を咲かせましょう。隣のおじいさんの末路は死、だったよな。

花さかじいさん

ドコモ電子図書館、こども電子図書館、日本のむかしばなしより

 要Flash。核流出が盛んに言われているけれど、市民レベルでこういうことがあると怖いなぁ。日常にある恐怖というのでは一級、仮に蓋を開ければ高純度放射性物質なので被爆確定。洒落にならない。花咲爺さんのお話はこれを暗示していたのかもしれません、ノストラダムスもビックリなのです。

03.02.02(Sun) 牌の向こうに見えるもの
 机上の牌を四人八手でかき混ぜ、裏返し、積み上げる。不器用な彼女はどうやっても牌の山を築くことが出来ず、無様に卓上に牌を散らし、そのたびに泣きそうな顔をしていました。

 彼女が麻雀を始めたきっかけは、たまたま面子が揃わなかったから。その時にもう一人来るはずだった友人が来ていれば、彼女が麻雀をすることはなかったでしょう。彼女がちょうど二十歳の時でした。
 それからちょくちょく打つようになり、役を覚え、点数の計算が出来るようになっても、牌の山を崩さずに積み上げることは出来ませんでした。対面に座っている彼女の目はうるうると涙ぐみ、もう麻雀止めると言い出しそうな気配さえ。僕らはどうにかなだめて麻雀を続けたのです。回りに麻雀が出来る女の子がいなかったので、面白かったというのもあるのでしょう。麻雀というのはある種の心理ゲームなので、人の気持ちを読むのが上手い彼女にとって、もってこいの遊びだったのかもしれません。

 十以上の牌を両手で挟んで上に乗せる。慣れてしまえば簡単なのに、人間得手不得手があるので仕方がないのです。彼女は着実に、四つ五つ牌を裏返して、上にちょっとずつ置いていく方法で並べることを覚えました。格好はどうあれ麻雀には違いありません。
 僕らは狭いアパートで飽きもせず麻雀を打っていました。一年あまり続いたと思います。そのうちみんな就職したりして忙しくなり、徐々に麻雀は廃れていきました。

 椅子に座ってお茶を飲んでいたら、がらがらと崩れる音がしました。

「おいおい、気をつけろよ」

「ごめんなさい」

 対面に座っている彼女を見やると、泣きそうな顔をしていました。持っていた鍋の具が入った二つのタッパを机に落としてしまったのです。

「結婚しても相変わらずだなぁ、ちょっとずつ運んだらどう?」

 僕は散らばった野菜を取ろうとしたら、座っててよとご主人に言われました。友人夫婦は散らばった具を一緒に片付ける。
 そう、あのとき僕と一緒に麻雀を打っていた二人は結婚していたのです。結婚するまでずいぶん時間がかかりました、きっと牌を積み上げるようにゆっくり愛を育んだのでしょう。

 食事が終わる頃。ちょっと気になったので聞いてみました、結婚するまでに随分時間があったねって。すると夫婦二人で顔を見合わせて。

「配牌が悪かったからね」

 ですって。ごちそうさまでした。

麻雀放浪記

amazon.co.jpより

 一時期麻雀に凝っていた時期がありました。まぁ、お金を賭けたりすることはなかったんですよ。お遊び麻雀ですからね、純粋にゲームを楽しんでいました。しかし、もう麻雀をすることはないだろうなぁ、そんなに面白みも感じないだろうし。

03.02.03(Mon) 太いのちょうだい
「そ、それって本当なんですか?僕をからかっているんじゃありませんよね?」

「もちろん本当よ。からかっているように聞こえたら謝るわ」
 
 昼ご飯まであと十五分。朝はヨーグルトしか食べなかったためにお腹が空いていました。ぐうぐうと鳴る腹をどうにか押さえるためにお茶でも飲もうと、給湯室へ向かう。すると、才女であるとの呼び声高い彼女がそこにいたのです。声をかける男は数知れず、しかしその全てが玉砕したとまことしやかに噂される、冷たい感じがする美人。まぁ、僕などは小心で平凡な男として通っていて歯牙にもかけられたことはないので、そんな浮ついた話とは関係ありません。それでも、狭い給湯室で会話がないのも変なので、素っ気のない返事が返ってくるのを承知で声をかけてみました。

「まだお昼まで時間があるのにお腹空いちゃいましたよ」

「私もよ、何か食べたいわ。どうせ昼まで何もすることないし、食べちゃおうかしら」

 へぇ、こんな人でもねぇ。ちょっと意外でした。真面目一辺倒だと信じ切っていたので、こんなに話のわかる人だとは。しかし、その後彼女の口から発せられた言葉はもっと意外、というより不可解だったのです。

「ねぇ、あなたのもらっていいかしら?」

 ぞくっとするような甘い嬌態を見せる彼女。頬を赤らめ伏し目がちになり、直視出来ない様子。ここで断ったら男が廃る、しかしこんな場所では。いくら人の目がないとは言っても、いつ見られてもおかしくない状況。それに、お昼までもうすぐなのに。

「こ、こんなところじゃダメですよ」

 しかし僕の言葉は何の説得力も持ちません、何故なら僕自身が誰よりもそれを望んでいるから。
 まるで愛おしいものを見るようなうっとりとした表情。この人は僕のものに頬ずりしてしまうのではと思ったほど。今行われているのは夢ではないだろうか、脳がショートしてしまうのではないかという官能の表情。眉をギュッと寄せ苦しそうな表情を見せ、それでも一心不乱に口にくわえる。

「どうですか、僕のは。美味しいの?」

「とっても美味しいわ」

 キリッと締まった顔が僕のものを口にしているせいで歪んでいます。いつもでは絶対見られない表情。喉がこくんと鳴り、次々と飲み込んでいくのがわかります。あぁ、あまりに艶めかしい媚態、恍惚の表情を浮かべる彼女。

「実は初めてだってんですよ、ふふふ」

「そ、それって本当なんですか?僕をからかっているんじゃありませんよね?」

「もちろん本当よ。からかっているように聞こえたら謝るわ」

 本当かなぁ。あんなに大胆なことをした人なのに。あんなに喉の奥まで入れていたのに。むせ込みそうになるぐらい大胆に口に入れていたのに。そんなことって。

「実は僕も初めてだったんですよ」

 今までこんな体験したことない。噂には聞いていました。しかし、実際に体験するのと噂とでは何光年もの開きがあるのです。途方もない脱力感。
 彼女の顔を見ると、白いものが頬に付着しています。かつては僕のものだった白いもの。僕はそれを手で取ると、自分の口に運んで食べてしまいました。

「お米、ほっぺたにくっついていましたよ」

「あら、ありがとう」

 このようにして僕が買ってきた二本の太巻きを二人で食べました。生まれて初めて節分の太巻き丸かぶりをし、僕らは一足早い昼食を終えたのです。

節分と豆まき

こよみのページ、二月より

 いろいろネットで検索をした結果、丸かぶりの風習は愛知発祥で後に大阪に伝わり、その後商業主義と結びつき西日本に広く伝播したとのこと。僕は愛知生まれだけれど、丸かぶりなんて一度もしたことなかったですよ。あぁ、顎が外れそう。

03.02.04(Tue) 臭いの痕跡
 くん。何かが焦げるような臭いで目を覚ます。僕はベッドから出て、のろのろと窓を開け外の様子を伺うも火事になっているような形跡は見あたらない。

 作業部屋の暖房を真っ先に疑い部屋に入るものの、暖房はきちんと消されている。おかしい、確かに臭うのに。僕は気になって一階に行ってみるけれど、やはり暖房はきちんと消火されているのです。
 さては鼻が急に良くなって、家に染みついている臭いが敏感に知覚されるようになったか。認知域の遠く及ばない領域まで感じるようになれば、焦げの臭いだって嗅ぎわけられる。しかし、それにしては他の臭いはそう気にならないのです。歯磨き粉の臭いだってわかるし、石けん、ヨーグルト、新聞、ピアノ。普段感じられるままの臭いがそこにあるのです。

 これは僕だけに感じられる特有の臭いかもしれない。そう考えないとつじつまが合わないのです。これは人に打ち明けるのは憚(はばか)られる。無意識のうちにそう察していました。

 外を歩いていても、電車の中、本屋、喫茶店、ありとあらゆる所で焦げる臭いがするのです。朝よりもだんだんと強く、濃く。食べに行ったときに髪や服に臭いがこびり付くのを想像してください。その臭いはなかなか取れずに苛立ち、不愉快に思うでしょう。その何倍もの強い焦げの臭いが、僕の嗅覚を麻痺させる。嗅覚を犯すだけでなく、頭も次第に麻痺させていくようでした。

 このままじゃいけない、何とかしないと。しかし、誰にも救う手だてはないのを僕は知っていたのです。

 家に帰ってさっぱりとシャワーで汗を流すけれど、臭いは取れずに強くなるばかり。焦燥感から気が遠くなりそうになる。なるべく意識をそれから逸らすために、ゲームをしたり、電話をしてみたり。ダメだ、気が変になりそうだ。臭いは重みがないはずなのに、臭いのために押しつぶされそう!助けてくれ!

 くん。僕はのろのろと窓を開け外の様子を伺う。外の空気が僕の高ぶった、あるいは沈んだ気持ちを中和してくれるよう。

 窓を閉めてピアノに向かい頭を掻きむしる。タイムリミットが近づき、いよいよ僕のお尻に火がついたのです。
 早く曲を書き上げないと、いつまで経っても焦げたまま。消火活動は早めに願います。

香のクリエーター(調香師)

fragrance-point、フレグランスバイブル、香水雑学より

 調香師でもこのお尻に火がついた匂いは嗅ぎわけられまい。それほどに強く臭っているのです。昨晩は半徹、さて今晩は?

03.02.05(Wed)
 自分の姿をわかっていないというのは怖ろしい。禍々しい気を周囲に放出しながらもそれに気づかない。誰かが教えてやればよいのだけれど、口にしてはいけないような。

 あてもなく街を彷徨う。ビルとビルの合間、公園通り、電車の高架線の下。風は不思議と感じない。誰にもすれ違うことはないのは、恐らく凪(なぎ)の時間だから。
 帆を張った船が海上を航行するのに風は必要不可欠。しかし、その風がない状態を凪と呼ぶ。こうなるとお手上げ。甲板でごろりと寝っ転がり、太陽に身を焼かれ、じりじりと時間と気持ちを焦らせるのみ。波にまかせて何処にでも行けばいい、など少々投げやりになるというもの。

 歩き疲れて家に帰りシャワーを浴びる。冷たい体、熱いお湯、昇る湯気、落ちる湯水。体の隅々の疲れを溶かすかのように風呂に入り、しばらく目を閉じ、考える。音一つない世界。湯船から上がって鏡を見る。

 鏡の中の自身の姿。髪は柳の如く垂れ下がり目を覆う。ばらりと髪を分け目を見ると、疲れ果てた奈落のような目。それを受け取る漆黒の皿、真っ黒な目の隈。自分の姿をわかっていないというのは怖ろしい。

 草木も眠る丑三つ時。風はもちろん凪、空気は澱み禍々しい。そういう状況で幽霊は出る。しかしながら、それは人間が作り出した幻想で、そういう状況でなくても幽霊は出るのかもしれない。
 生きているのか死んでいるのかわからない、現実感のない疲れた男が鏡の中にいたのです。誰かがその事実を教えてやればよいのだけれど、口にしてはいけないような。

影をなくした男

 著者のシャミッソーはフランス生まれで幼い頃に革命を経験し、難を逃れるためにドイツで生活。そういう二重の国籍というのが、影を無くした男を書かせたのでしょうか。

03.02.07(Fri) 突っ伏す男
 ピアノの前で男が突っ伏している。寝ているのかと思ってそっとしていたのだけれど、どうやらそうではないらしい。恐る恐る男の肩を揺すって初めてわかる、これはどうも大変なことになったようだと。自殺か、それとも他殺か。早急に警察が呼ばれる。

 どうやら男は厄介事に巻き込まれていたらしい。周りに聞いてみると、ここ数日ろくに食事も取らず、外から家に帰っても家人とろくに会話もせず、まるで何かに怯えていたとの証言。髪はぼさぼさ、目はぎらぎらと鋭く、眼下にはアスファルトよりも黒い隈。弾の装填された銃、むき出しの刀。とてもではないけれど声をかけてはいけないような、鬼気迫る印象だったそうな。

「貴重品などは全て揃っていますかな?」

「えぇ、それが無くなったというようなものではないのですけれど」

 目を逸らすご婦人、何かを隠しているのだろうか。いや、そうは思えない。部屋を見回すと大きな本棚に整然と並べられた本、ピアノ、その上に散らばる五線紙。そんなものは貴重品とは思えない。
 これがもし有名な著作者の初版本であるとか、威名な作曲家の手書き譜であれば貴重であると言えなくもないけれど。ざっと見たところ男によって書かれた思しきスケッチと、名の知れた流行作家の文庫本ばかり。

「見たことはないのですけれど、あの人には大切なものがあったと聞いたことが。いえ、それが何なのかはわかりませんけれど」

「それは困りましたな。見たこともないものは紛失物にはなりませんよ」

「でも、あの人は大切にしていましたから。お願いですから一緒に探して下さい!」

「と申されましてもねぇ、こちらも困るのですよ」

 見たこともないものをさも大事なものだと言うご婦人。これには辟易とさせらせる。錬金術じゃあるまいし。

「一応検分は終わりましたので、これにて失礼させていただきます。小官には次の仕事があり、時間も差し迫っておりますので」

「それだわ!盗まれたのは!」

 はて面妖な。今の会話の何処に盗まれたものがあるというのか。わからん、まったくわからん。自分の吐き出した科白を口の中でもごもごと反芻してみるけれど、何の手がかりも見つからない。ひょっとしてこのご婦人はあまりのショックで狂ってしまったのだろうか。
 まじまじと彼女を見ると、土塊のように動かない男の肩を揺すっている。

「あぁ、もうおよしなさい。盗まれた物などないし、あなたは混乱しているのです。気分が良くなるまで、椅子に腰掛けておやすみなさい」

 ピアノの前で男が突っ伏している。恐る恐る男の肩を揺すって初めてわかる、これはどうも大変なことになったようだと。

 男の魂が乗り移られたかのようにビクッと体を震わせる。あぁ?今何時?ちょっぴり疲れて寝てしまったよ、やることいっぱいあるのに。しかし嫌にリアルな夢だったなぁ。
 窓からは朝日が光柱となって差し込んでいます。僕はふと時計を見ると短針は七を指している。寝過ごしてしまった、しかも導火線に火が点いたこんな大事な時に。何たることか。

 ピアノには依頼された曲の走り書き。夢で見た通り、どれ一つなくなったものはない。頭には婦人の声、夢での婦人の声がこだまする。それだわ、盗まれたのは。

 もう時間がない。無意識のうちにピアノに突っ伏して寝てしまったのです。時計は止まらない、時間は刻一刻と迫ってくる。
 どんなものより貴重な時間は無意識の睡眠によって盗まれる。婦人の絶叫と僕の心の絶叫が頭でこだまします。

シックス・センス

 幽霊が見える少年が見た医者。彷徨える霊となった医者は己が霊になったことの気づかないで少年に接近し、最後に自分が霊であることを自覚する。夢の中の夢、パラレルな空間、あるいはデジャビュなどは使い古された手法だけれど、この映画は割と評判になりました。
 昨日は日記を休んでしまってすみませんでした。それにもかかわらず、たくさんの方が見に来て下さったようで感激。みなさまあってのメノモソですので、可能な限り毎日更新する所存です。政治家みたいですけれど、口先だけではなく本心ですよ。

03.02.08(Sat) 蝶は美しく、蛾には毒がある
 とあるバーで一人酒を飲んでいました。小心者ですからナンパしようなどと邪な考えを持っていたのではありません。飲みたいから飲む、バーにそれ以上の理由が必要でしょうか。

 そんなに繁盛していそうもない店で酒を飲むと、そのがらんどうの空間のようにほんのちょっぴり心が寂しくなったのも事実。マスターはどう思っているんだろう、こんな時間に人が来ないんじゃ商売にならないだろうに。
 頭の中でここらへんの物価と、一ヶ月の家賃の相場をはじき出す。いやいや、とってもじゃないけれどこんなのじゃ経営が傾いてしまう。好奇心がむくむくとわき上がり、何故うまく店が成り立っているのか聞いてみたくなったのです。

「マスター。この店は静かでいいですね」

「こんなに客の少ないと珍しいでしょ。まぁ、裏で商売やっていますから」

 裏、裏って表裏の裏?どうにもよくわからないな。確かに何らかの取引が行われていていて、場所を提供するかわりに裏金がマスターの懐に入ってもおかしくはない。しかしだ、そんなことを一見さんである僕に喋るはずもなく、それに映画のような話で我ながら苦笑してしまう。でも、もしも。もしもこの馬鹿げた妄想が本当だったらどうする。

 背中がうっすらと寒くなったような気がして後ろを見てみると、派手な格好をした女が店に入ってきました。急に振り向いた動作が女の目を引きつけてしまったようで、目と目がばちっと合ってしまう。ねっとりと絡みつくような視線。まるで夜の蝶だな。

「ここに座っても良いかしら?」

「あ、別にかまいませんけど」

 ここで他にしてください、席はたくさんあるのですからと口に出来たら。後々この出来事を回想するといつも悔やんでしまう。でも、起こってしまったことについて何も言うことは出来ないのです。

「ねぇ、注射はしたことある?」

「この年ですからね」

 と、曖昧な返事をしておく。この会話は一体?頭に危険を知らせるシグナルが点滅しています。マスターの言葉が耳に残っている、彼の口からは発せられた裏とは。もちろん合法なものではなく、良からぬ類のもの。つまりはこれを示唆していたのでしょう。注射と来ればもちろん覚醒剤の類に違いないのです。

「生憎と注射はしていないのよね」

 バッグからごそごそと取りだし、テーブルの上に開ける。砂糖や塩、などではないでしょう。もう間違いない、これで決定的。上目づかいの媚びたような目で僕を見据えると、誘うような仕草を見せる。
 しかし、ここで吸引してしまったら。僕は一生この魔力から逃れられないでしょう。それほど強い意志はなく、僕は、とっても周りに流されやすい人間なのです。だからここで断らなければ。

 女の腕がすっと僕の手の方に近寄ってくる、例の粉を持って。危険な誘惑と法律を天秤にかけると自ずと答えは出るのです。もちろん返事はノー。バーは酒を飲むために来る、それ以上の理由が必要でしょうか。

「やめてください、僕は飲みたいからここに来たんです」

 手で彼女の腕を振り払うと、手から弾かれた粉が宙を舞う。それは綺麗な光景だったけれど、蛾の毒を含んだ鱗粉に近かったのかもしれない。ゆっくりと僕は毒素に犯されていったのです。

「あらごめんなさい。でもビタミンCは体にいいよの」

 へ、何それ?注射はどうなったのさ?裏って何よ?

「注射が嫌なら自衛策をとらなきゃ」

 マスターは肩をすくめ、口には薄ら笑い。僕をからかうために口裏でも合わせていたのでしょうか。女が口を開く。

「この店寂しいでしょ。でもね、マスターは道楽でやっているんだから。他にも商売しているのよ」

 おとぎ話の遠い国の出来事のような感じがして、気が遠くなっていきました。意識が戻ると僕は知らない所で寝ていました、上に毛布を掛けられて。寒くもないのにくしゅんくしゅんとくしゃみが出て止まりません。

 この日を境にして僕は花粉症になった気がします。酒に酔って店裏の小部屋に連られて眠ってしまったあの日から。

花粉症特集2003

gooより

 ある日鼻がむず痒く感じたら、その日から花粉症になってしまったらしい。それがいつだったのかはよく思い出せません。酒を飲んだ次の日には鼻の調子が特に悪くなるんですけれど、たぶん気のせいでしょう。とにかくツライ。

03.02.09(Sun) 表面張力
 一本の線を複数の人間で引っ張りあっているような張りつめた空気。胃がキリキリと締め付け胃液が出てきそうなぐらい。賭けをするには精神力が弱すぎるのかもしれないな。

 コップを見るたくさんの目、一人の子どもが真剣勝負に挑もうとしていました。ゲームはそんなに難しいものじゃない。表面張力ゲーム。コップに注がれた水に十円、五円、一円を入れて水がこぼれないようにし、入れた金額の累計に比して罰が決まるというもの。
 そんなに難しくはないと言ったけれども、これは何にも考えていないと難しくないだけであって、実際やってみると様々な心理作戦を展開されるのに気づくはず。順番の相手に対して言葉巧みにもっと大丈夫だ、いやそれじゃこぼれるに決まっているという風に。

 コップの口と目線を水平にして十円を慎重に注入。ゆらゆらとした軌道を取り硬貨がガラスの底に落ちてカチリと音がします。一枚入れるたびに相手にプレッシャーがかかり、枚数を重ねる毎に難しさは上がっていく。もういつ水がこぼれてもおかしくないように思えるのだけれど、まだ追加出来るのかもしれません。

 ぽちゃん、カチリ。ぽちゃん、カチリ。こんなにお金をつぎ込んでもこぼれないのは異例のことで、誰の目にも狼狽の色。このまま行ったら罰ゲームはひどいことになる、自分にだけは当たりたくない。こんなゲームで罰ゲーム、馬鹿馬鹿しいでしょう。自慢じゃないけれど僕はこのゲームで負けたことはないし、負けるつもりもないのです。つまらない意地?あぁ、そうかもしれません。もっと前、罰が軽いうちに罰ゲームを受けるのであれば、負けてもよかったのですけれど。しかし今となってはもう遅い、こんな大きな罰ゲームを誰が受けたがるでしょうか。

 一本の線を複数の人間で引っ張りあっているような張りつめた空気。胃がキリキリと締め付け胃液が出てきそうなぐらい。ピーンと張った極細の糸、その上での危険な綱渡り。

 子どもの時には表面張力ゲームに負けたことはありませんでした、記憶においては一度たりとも。負けそうな危ういゲームは唯一上に挙げたものだったけれど、小銭が尽きてその回は流れたのです。実に運が良かった、と当時を回想する。

 締め切り当日の極限状態の中、複数の思惑から右往左往を強いられた今回の依頼。こぼれそうでこぼれなかった水のように、僕は何とかゲームをやり過ごす。今回は大丈夫だった、でも次回は?

 賭けをするには精神力が弱すぎるのかもしれないな。

白夜行

東野圭吾公式HPより

 「秘密」「どちらかが彼女を殺した」しか読んでいなかったんだけれど、こんなに緻密な小説があるとは。主人公二人を結びつければ楽なんだろうけれど、そうしないぎりぎりのところで話を組み立てる。文章の表面張力と言えなくもない、かな。

03.02.10(Mon) 行動観察記
 周りに無関心過ぎるなどと人から評されるけれど、僕をそのような人物像だと思ったら大間違い。さりげなく自分はマイペースで人のことなんて関心ございません、なんてすました顔をしているけれど、実際のところアイツのことが気になって気になって仕方がない。僕は今日も時々アイツの顔を盗み見ていた。

 普段は無口で朴訥。内向的な僕と同じようなタイプ、他人からはそう見えるに違いない。だけれど、よくよく観察すると無関心を装っているのだということに気づく。のっぺりとした顔、考えを決して悟らせない眼、真一文字に結んで本心を言わない口。それがどうだ、今日のアイツときたら。

 まず僕はアイツが風邪でも引いて体調が悪いのではないかと疑う。ブルブルと小刻みに体を震わせている。でも、どうやら風邪を引いているのではないらしい。どうしてかって?そんなの簡単、前にもそうやって震えているところを見たことがあるからさ。あれはね、怒りに身を震わせているところなんだよ。内に秘められたストレスが爆発しようとしているんじゃないのかなぁ。大地震の前の余震っていうのかな、次は当然ああくるよな。

 突然大声を上げて叫び出すアイツ。僕にはアイツのことがよくわかっているから、突然だとはちっとも思わなかったけれど。でも、みんなビックリしてアイツに目が釘付け。ペンを持っていたものは書くのが止まり、コンピュータとにらめっこしていたものは目をディスプレーから離し、一斉にアイツを見る。見る、と言うより睨む、と言うのが正しいかな。とにかく普通じゃなかった。
 叫びはしばらく続いたけれど、そのうちウンともスンとも言わなくなる。人間の中にある魂がすーっと外に逃げてしまったように、全ての活動を停止してしてしまったのかもしれない。死ぬ間際になると最後の力を振り絞る、なんて話をよくきくけれど、まさにそんな感じだった。もう動かない、ぴくりとも。声も出さない、一言も。

 僕はアイツに触れてみる。アイツのことが気になって気になって仕方がなかったから。でも、アイツは、アイツときたら。

 電池が切れたように動かなくなってしまった。アイツを覗き込むと、精根尽き果てた暗い顔が見える。
 もうアイツは震えない、叫ばない。気になるアイツ、携帯の電池は常に充電しておいた方が良い。

ケータイWatch

impressWatchより

 バイブだと離れていると気づかないし、音を出すと周りに迷惑。かといって肌身離さぬように持とうとするとかさばる。携帯は便利だけれど、面倒くさいのです。まぁ、受け専門だしメールもパソコンから出すので、不必要な気もするんですけどね。

03.02.11(Tue) おいしいサンドイッチの作り方
 ベットで寝っ転がりながら本を読んでいたらお腹が鳴る。サンドウィッチが食べたい、どうしても。これは朝からずーっと続いている欲求なのです。わき起こる欲求を解消すべく、僕は台所に向かう。

 朝だから軽いもの、しかし軽すぎないものを。朝早く起きたくせにいつまでもだらだらとベッドで本を読んでいたので、もう昼近くになっています。朝ご飯はお昼と兼用のブランチ、だからちょっと重いものでもいいかな。とも思うんだけれど、これから外出する予定もなく体を動かしそうもないので、やっぱり軽いものにしようかなぁ。いやいや、軽いのだとどうせ夜までお腹が持つわけもなく、どうせ間食を採るに決まってる。そんなことなら重いものを食べればいいじゃないか。
 心の中でせめぎ合う。こんな簡単なことなのに決められないなんて、毎度のことながら優柔不断です。食べたら食べたで運動すりゃいいし、軽いものなら三時ぐらいにおやつでも食べれば良いじゃない。

 とりあえずパンを切るところから始めて、後で具を考えれば良いか。そうやって先に先にと結論を延ばしながら、六枚切りのパンをスライスしてサンドイッチ用の厚さに。次はパンの耳。まな板にパンを置いて、包丁でばっさりと耳を落としていく。切り取られた耳はとっておいて、後で揚げてきな粉か砂糖でもまぶして食べようか。後で揚げパンを作るなら、ここは軽いものにしておいた方が無難かな。
 冷蔵庫を覗くとキャベツが入っている。これをオリーブオイルを入れたフライパンで炒めて。塩コショウで味を調え、マヨネーズであえて、パンに挟んで出来上がりと。

 目の前には出来たてのサンドイッチ。朝からサンドウィッチが食べたかったんだ、どうしても。どんなものを作るかは全く決めていなかったけれど、とにかく体が望むままの欲求に従ったのです。

 サンドイッチにかぶりつく。キャベツの甘さ、微妙な塩加減。作るのに時間はかかったけれど、美味しいものが出来ませんでした。優柔不断のなせる技、水だらけでキャベツはべちょべちょ、塩は利きすぎコショウは辛い。期待を膨らませながら作ったサンドイッチ、後味最低。

 どうしても何かをしなくては。という欲求が薄い国民の祝日、建国記念日。平日と平日との間に挟まれた祭日をどう過ごすかのさじ加減、実に難しい。
 このようにずるずると優柔不断に決めかねた、うま味の何もない、欲求を解消出来ない、だらけた一日を終えるのです。

 サンドイッチは実に難しい。

パンの耳のかりんとう

フロム・ネット、お役立ちレシピより

 サンドイッチ休日を上手く過ごせた試しがないのです。次の日を考えると無茶できないし、そのくせ休みを有効に使いたい。と、行動しないでうだうだしているとあっと言う間に夜。
 本をたくさん読めたことと、曲の見直しが出来たこと、それにパン耳おやつが美味しかったので、まぁヨシとしましょう。

03.02.12(Wed) 孤高の存在
 孤高の存在。行き着くところまで行ってしまうと、人は孤高の存在になってしまうのか。

 芸術を志しているものにとって避けられない壁、それはオリジナリティーの問題。本格的に作曲を始めたのは高校生の頃。その時からこの命題に悩まされ続けているのです。他の者とは違う自分だけの作風。他人が自分の作品を聞いた瞬間に、これはあの人の曲だ、と一聴してわかる。そんな曲を作りたいのです。
 数百年に渡る音楽の重みがのしかかる。重量を感じることの出来ない重みによって、自分が地面に埋められてしまい、這い上がってこられないのではないのか。先人の怨念が埋まった地面から手を伸ばし、地上に脱出させまいと妨げている。そんなホラーめいた夢を見ることさえあるのです。

 自分自身の音楽と対峙していると、他の音楽が全く耳に入らなくなる。他人の真似をする時代は過ぎさったのかもしれません。自分の書く音楽のみに耳を傾け、作品をより良きものに高めていく。これのみがより高きに導いてくれるのか。確信と呼べるようなものは僕の音楽の中に未だありませんけれど、他者に追従しようなどという愚行だけは犯さないようにしたいのです。

 孤高の存在、僕はそうつぶやいてみる。偉大な先人たちはどうやってオリジナリティーを獲得していったのか。決して他の追随を許さない、模倣の出来ない音楽を作って行くことが出来たのか。僕は今日も考える、明日もきっと考える。これまで数百、数千、数万回と繰り返してきたのだから。

「あれ、まだ残るんですか?それじゃ、私お先に失礼しまーす」

 根を詰めてディスプレイに向かっていたら、いつの間にか僕だけが部屋に残されてしまったらしい。真っ暗な部屋に小さな照明が一つ、その中で作業する。

「孤高の存在」、か。

 ため息交じりの声にならない声が僕の中で響きます。行き着くところまで行ってしまうと、人は孤高の存在になってしまうのでしょうか。

 電車の中でもオリジナリティーについて考えます。先人の亡霊が僕の周りにうようよしていて、常に僕を監視し、時に叱咤し、貶し、自惚れ諫めちっぽけな自尊心をうち砕く。亡霊などは僕の幻想に過ぎない、そんなことは百も承知。しかしながら、世に残された楽譜が僕の頭を揺すり、心臓を握り絞め、胃を鷲掴みするのです。
 先人もまた亡霊に悩まされたろうか。真のオリジナルだって無から生まれたわけじゃなく、やはり過去の歴史から生まれたはずなのに。

 死んだ後に僕の作品が価値を持ち、百年先、せめて十年先、聞き続けられる音楽に成り得るだろうか。常に新しい音楽であり続けることが出来るものか。もしそれが出来るのであれば、新たな美の価値を確立したことになり、孤高の存在として歴史に名を刻み、後人に対して僕が亡霊となり頭を悩ませるのかもしれないな。
 電車を下りて、プラットフォームを歩きながらもやっぱりそんなことばかり考えていました。そんなことを考えただけでオリジナルが出来るとは思えないけれど、考えなしにやったら二番煎じの亜流になってしまうでしょう。

 ちょうど階段の踊り場にさしかかったとき、僕は足のバランスを崩し倒れてしまう。両手が塞がっていたので地面に手を付くこともことも出来ず、身体ごとべちゃりと硬い床に叩きつけられたのです。とても恥ずかしい格好、大いに衆目を集めました。失笑が聞こえるような気がします、だけれど誰も手を貸してくれず、汚い物を見るように僕の横を悠々と通り過ぎる。視線が突き刺さり、羞恥心で顔が真っ赤になっていく。衆目から逃れるよう、僕は足早に改札まで行きます。足が重い、地面から先人の無数と思える手を伸ばし、僕の足を絡め取り、歩みを止めるとでも。
 端から見れば、踊り子が初舞台で転んでしまったように無様で滑稽な光景。そのくせ誰も慰めの声をかけられないのに似ているな。踊り子は萎縮してしまった筋肉と心を無理矢理奮い立たせ、二目と見られない踊りを踊り続けるかのように。

 衆目を振り切り、改札を出て人のいない所まで抜けたとき。僕は人知れずつぶやきます、「孤高の存在」と。

母さん

 唯一絶対、孤高の存在。テキストサイトを見回してみるに、ここほどのオリジナリティーを持つものは存在しません。他に類を見ない語り口、それが「母さん」の魅力なのです。
 ドビュッシーの真似をしようとするとドビュッシーの音楽そのものになってしまうように、「母さん」の真似をしようとすると「母さん」そのものになってしまうんだ。ほらね。

東京颱風

 ここも孤高の存在と言って良いでしょう。仙台に住むライターさんのサイト、あらゆる意味で他の追随を許さないのです。

03.02.13(Thu) 味覚の代替機能としての聴覚
「ねぇ、黙っていないで何か言ってよ」

 いや、こんな馬鹿なことが言えるわけがない。言ったら頭がおかしいと思われる。他人だけれど保証したって良い、だって僕の考えていることをもし人から聞いたら、どういう反応されるかちょっとわからないから。

 ここだけの話、耳から聞いた音が味覚になるんです。例えば、騒音を聞くと口の中が苦くなり、風の音を聞くと甘く感じる。いつの頃からわからないけれど、どうやら聴覚が味覚の作用を持つようになってしまったのです。
 手当たり次第にCDを聞き、街に出て音を感じ、どんなものが良く感じられるのかを試しました。

 街に出て車いっぱい騒音いっぱいの道路に出ると、もう苦くて苦くて。どう表現したら良いか上手い言葉が見つからないのだけれど、そうだなぁ、ビールを何杯にも濃くした味かな。それも、大人になって飲み慣れたビールの味じゃなくて、子どもが始めてビールを飲んだような。うぇぇ、苦い。大人になっても絶対にこんなの飲まないよ、って思った味。これに近い味は、ヘビメタとか、皿の割れる音など、不快な音が苦味として捉えられるみたい。
 これとは逆で、良い音楽は甘いお菓子みたい。ジャンルを問わないんだけれど、バッハやモーツァルト見たいな、耳に心地良いのは美味しい味がする。でも、リチャード=クレーダーマンの渚のアデリーヌを聞くと、甘過ぎて吐き気がするんだけれど。

 最近ではもっと複雑な味がわかるようになりました。ちょっとずつ味見をするテイスティングに近いかな。そうそう、これまでにいろいろ試した結果、人の声が一番美味しく感じるのがわかったのです。特に、女の子の声が。

 ほうら、こんなことを言ったら頭がおかしいと思われるでしょ。まぁ、これは作り話で突飛だし、どうやって説明しても僕だけ面白がって、彼女はつまらないもの。せっかくの飲みに来たのに。

「ねぇ、黙っていないで何か言ってよ。ずっと聞いてばっかりじゃない」

 でもね、僕は同時にこんなことも考えていたんだよ。言いたくても言えるわけがない。
 君の声は他の誰よりも、甘く、喉をくすぐられるようだなんて。こらえきれずに言いそうになる言葉を飲み込むと、例えようもない苦い味が、口の中に広がったような気がしました。

 「いや、ちょっと酔っぱらちゃってさ。ごめんね」

 一気にウーロン茶を飲んでどうにか妄想を薄めたのです、恥ずかしい気持ちも一緒にね。


happy! happy!

 ビールは一瞬で胃に消えてしまうけれど、アルコールはいつまでも心地よく体に残る。ウェルカム一言のコーナーは、時にいろいろなアイディアをもたらしてくれます。ビール以上にビール的な素敵なサイトです、ほろ酔い気分で是非どうぞ。

HAGAKURE理論

 僕は一人で寂しく飲むのが好きなのですけれど、鬱々した気分を晴らしたいときだってあるのです。そんな人も多いでしょう。そんな時には仲間を連れて飲みに行こう、ここならすぐに見つかることでしょう。

03.02.14(Fri) 伝家の宝刀
 伝家の宝刀、とっておきの機会にのみ使われる切り札。これを見せられたときに、人はただ平服するばかり。

 水戸黄門を思い出してみると簡単でしょう。越後から来た縮緬問屋のご隠居さまという姿で人を欺き、いざとなると水戸のご老公として悪代官を懲らしめる。印籠を見せられた悪者は、平民だと信じていた翁が突如身分の高い絶対権力者になるわけで、狼狽し、頭を垂れ、裁きを待つのです。
 必殺球を持つ投手も伝家の宝刀と呼ばれることがあります。大リーグはマリーンズの佐々木投手。彼が日本にいたとき、あのフォークボールは絶対に当てることが出来ないと真しやかに伝えられてきました。フォークが来る前に打たないと、惨めに三振してしまう。そうやって心理的に追い込まれてからフォークが来るので、さらに効果が増すのです。
 不謹慎な例えで申し訳ないのですが、核兵器も伝家の宝刀のようなものです。核兵器があるぞあるぞ、と脅しながら薦める外交政策。相手国は否が応でも慎重に成らざるを得ません。形の上では核抑止上の平和外交。実体は握手を差し向けていると見せかけて、もう一方の手ではナイフを握りしめているようなものです。気を緩めればブスリ、と来るかもしれない。

 それだからこそ、切り札は最後まで取っておくもの。それが伝家の宝刀。とっておきの機会にのみ使われる最後の切り札。これを見せられたときに、人はただ平服するばかり。

 あぁ、伝家の宝刀が来る。きっと来る。来たらどうしよう。いや、どうしようもないから伝家の宝刀なんだよな。水戸黄門の印籠、佐々木のフォーク、それに核爆弾。相手の手の内は見えている。見えているけれど伝家の宝刀を出されたら。行使された時にはもう遅い。この言いようのない不安感は相手の宝刀をしっているからなのか。
 アイツがやって来た、友好的な笑顔を振りまいて。手を差し出しておいて、もう片方の手からは伝家の宝刀が。もう避けられないのか、絶体絶命の大ピンチなのか!

「はい、これどうぞ。今日はバレンタインデーですからね」

 書類と一緒に差し出されたのはチョコレート、二月十四日の伝家の宝刀。男どもはかわいいあの子に平伏するばかり。どうもありがとう。

バレンダイン・デー

The Familyより

 世の男性はこの日は女性に頭が上がらないのです。みんなそわそわ思惑が回る。義理チョコ一つで幸せになれるのだから、我ながら何とも安上がりだと思います。

03.02.15(Sat) 妖気!
 髪がピンと立つ。風が吹いているのでも、寝癖が付いているからでもない。

 むむ、妖気を感じる。辺りを見回す鬼太郎、しかし妖怪は一匹もいない。はて、妖気を感じることが出来なくなったのか。いやいや、そんなはずはない。確かに何かが側に、すぐ見える範囲に。それを見届けないと目玉のオヤジに怒られる。

 風が吹いているのでも、寝癖が付いているのでもない。それなのに、この妖気は一体?誰かに見られているような気がする、それは確実なのに何故見えない?

 アンテナは鋭く妖気をキャッチする、姿の見えないあいつらを。

メノモソアンテナ

 メノモソアンテナ。これでみなさまのページから妖気が送られ、僕のアンテナで正確に更新日時がわかるのです。
 メノモソへの登録はこちら「メノモソアンテナ追加」。アンテナがある人は自動的に追加されます。ええっと、index.htmlと/tackm.s12.xrea.com/のどちらかに被リンク統一したいと思うので、/tackm.s12.xrea.com/へ変更して頂けると幸いです。

メノモソメモ

 本日の日記がやたらと短く間に合わせの感が拭えないのは、このメノモソメモを作っていたからなのです。明日からはメノモソ日記とメノモソメモの二本立てで行きますので、よろしくお願いします。今日みたいにやっつけ仕事しませんので、お見捨て無きよう。

03.02.16(Sun) 庭に雨が降る
 雨の日は憂鬱になる、外に出られなければ当然のこと。まれに雨が好きだという人も見かけるけれど、それにしたって傘もなしで外で日がな一日暮らせるわけじゃない。穴熊のようにじっと家に閉じこもる、日曜日なら尚更のこと。無意識のうちにため息が出てしまう。

 朝起きた時には雨が降っていました。庭を見れば木々はしっとりと濡れています。遠くに目をやると、近所の犬がうらめしそうに空を見上げている。いつもなら外に散歩に出る時間、身を小さくしてため息をつく。
 僕だって外に出たいさ、お前だけじゃないよ犬君。空はどんよりと曇りいつまでも晴れそうもない。ふぅ、と犬につられてため息一つ。

 片付け忘れた折り畳み式の椅子が主を待つ、雨も風もお構いなし。晴れた日なら厚手のコート着て、紅茶飲みつつ新聞を読むのだけれど。
 雨に濡れると木製の椅子は腐ってしまう、僕は外に走り出し濡れた椅子を折り畳む。そうさ、こんなところで朽ちる必要はない、家の中で雨を凌げばいいさ。人間だってそうしているし。

 家の中で読む新聞は味気なく、降り続く雨が恨めしい。いつもなら外にいるであろう我家の犬も、家の中でじっとしています。やはり僕の顔を見てため息一つ、そうそう嘆きなさるなよ。僕だって外に出たいんだから、と犬の頭をなでなでため息一つ。

 窓ガラスには結露の雨、外も中も雨なのです。あぁ、外でも中でも憂鬱。心の中にも水滴が付き、心を濡らしているのかも。穴熊のようにじっと家に閉じこもる、鬱々した考えにため息一つ。

「さぁ、腐ってないでご飯よ」

 テーブルに出されたのはうどん、僕の好物です。くさくさしてもいられない、僕は息を吹きかけ冷ましながらうどんを口に運ぶ。ずるずるっと湿った音を立て。

 庭を見れば相変わらず雨が降りしきる、普段なら外にいたのにね。しかし、それはいくら言っても詮無いこと、気持ちを切り替えうどんに向かう。
 僕は一心不乱に好物の稲庭うどんを食べるのです。熱いうどんを冷ますため、ふぅ、っと大きな息をして。湿った気持ちを吹き飛ばし、気分もきっと晴れるでしょう。

稲庭うどんの由来、食べ方

麻生孝之商店より

 「名物に上手いものなし」なんて言うけれど、美味しいものいっぱいありますよね。僕は愛知生まれなのできしめん好きだし、地元の草加煎餅も悪くないと思います。でも、ずっと食べ続けるほど好きかと問われると、返答に困ってしまいますね。

03.02.17(Mon) 恋する惑星
 男に女、老いも若きも恋をする。人間だけじゃなく犬や猫も恋をする、ここは地球と言う名の恋する惑星。

 にゃーおにゃーおと猫が鳴いています。ちょうど発情期なのでしょう、さかりのついた猫たちが恋人求めて泣くのです。あぁ、恋人が欲しい。女盛り男盛りの猫たちが家の周りでプロポーズ、僕はふらふら睡眠不足。

 目が赤い。昨晩はよく眠れませんでした、それもこれも猫のため。ふらふらと夢遊病者のように起きているんだか寝ているんだかわからない、そんな状態では頭の冴えもありません。こんなもんだろうあんなもんだろうという、大ざっぱでいい加減な作業に終始する。ここは恋する惑星、猫たちに罪はない。人間だって恋をするのだから。

 とにかくぼーっとする。普段からぬぅぼうとしているのに、さらに拍車がかかったようなだらしなさ。目薬を差し、眼球マッサージをし、目頭を押さえ、なんとか気持ちを切り替えようと努力します。目をはっしと開けて前を見据えると、一人の女性と目線がぶつかる。しばしの目線の交換、それは熱い抱擁を思わせる濃厚な挨拶でした。

 彼女が僕の方に寄ってきて、隣の椅子に腰掛ける。頭がくらくらする、何だかしらないけれど涙も出そう。興奮しているのか、それともただの寝不足か。いやいや、寝不足で涙なんか出やしない。それに彼女を見ると、顔を赤らめているじゃないの。目はとろんと潤み、柳の木みたいに体をしだれさせてきます。
 あぁ、どんなことを言ったらいいのか、気の利いた言葉の一つも出てこない。たぶん、いや絶対に、僕らの考えていることは一緒なのに。どうして人はこんなにも不器用なのか、猫ならとっくにプロポーズしているよ。

 男に女、老いも若きも恋をする。人間だけじゃなく犬や猫も恋をする、ここは地球と言う名の恋する惑星。僕だってこの惑星の住人ですからね。

 ぐだぐだ考えていてもしょうがない、どうせ頭がくらくらして冴えないし。思い切って行動に移さなくちゃ、よし言ってしまえ。えーい儘(まま)よ!

「やっぱり花粉症ですか?僕もひどいんですよねー。目薬貸しましょうか」

「わかります?私もひどいんですよ。目が特にひどくって」

 男に女、老いも若きも恋をする。人間だけじゃなく犬や猫も恋をする、ここは地球と言う名の恋する惑星。杉の木だって恋をする。

恋する惑星

ビワマニア、オススメシネマバックナンバーより

 金城武につられて見た人も多いであろう映画。これを始めて見たときには失恋直後で、ぼろぼろ涙をこぼしながら「良い映画だー」と言っていたのは覚えています。うーん、この雰囲気は恋をしていない今の僕にはよくわからないかもしれないな。
 しかし、花粉症ツライ。どうして大の男が人前で泣かねばならないのか。注射一本打てば楽になるんだろうなぁ。

03.02.18(Tue) 手抜き工事は許すまじ
 ビー玉がゆっくりと転がっていく。電球の光りがビー玉に入り込み、複雑な模様を部屋に投影する。壁に映し出された一瞬のきらめき。しかし、それは奈落へ通ずる坂道なのかもしれない。

「さぁ、これでおわかりでしょう。ここは水平などではないのです」

 建築士がビー玉を置くと、ゆっくりとビー玉が転がっていく。子どもの時にはビー玉が好きだったのに。いつまでも床で転がし、日が暮れるまで眺めていても平気だったのに。今はこの小さなガラス玉が恨めしい。
 欠陥住宅。信じたくはないけれどこの家は壊れている。話には聞いたことがあるけれど、まさかこんなことになるなんて。ずさんな設計、ずさんな工事。時間を短縮したためか、それともお金をケチったからか。そんなことはどうでも良い。突きつけられた現実は、この家屋が住むには不適合だということ。

 人が住まうところが家で、人生においてそう何度も出来るものではない。汗水流して働いて、苦労して、やっとの思いで手に入れた憧れの家。それがこんなお粗末なものでは。怒りが体の奥底から突き上げてくる、そこら中を殴りたい暴力的な衝動に駆られる。と同時に、冷や汗が手、足、脇、額、体中のありとあらゆるところからじっとりと滲み出て、今にもめまいを起こしてその場にぐったりと倒れ込みそう。顔が青くなったり赤くなったりしているんだうなぁ。

「これをご覧下さい、手抜き工事ですよこいつは」

 出された設計図を見ても何が悪いのかわからない。そりゃ素人だから見てもわからないさ。だけれど、きちんとわかっていることもある。開かなくなった扉、ひび割れた壁、軋む床。設計図を見なくたってそんなことぐらいわかりにわかる、本当はわかりたくもなかったけれど。

 ビー玉を手にとって机に置いてみると、ゆっくりと転がっていく。そのまま呆然と眺めていると、机の縁から落ち、床で割れました。すでに亀裂が入っていたのでしょう。怒りでわなわなと体が震えます。
 許さないぞ、手抜き工事なんて絶対に揺るさん!

 僕はビー玉を欠片一つないよう片づける。一瞬のきらめきはこれこの通り、壊れて消えたのです。奈落へ通ずる坂道なのかもしれないな、このきらめきは。

 椅子に座りコンピュータを見ると、完成した楽譜が映し出されます。一瞬のきらめきによって無計画に書かれた曲、完成したものの綻びがたくさん。信じたくはないけれどこの曲は壊れているのです。楽譜を見なくたってわかる、作曲家や演奏家だけでなく素人にだって、わかりにわかる。コンピュータから流れる音を聞けば。

 一番最初のラフ・スケッチをディスクから読み出し、眺めます。今ではこのきらめきが恨めしい、奈落へ通ずるこのきらめきが。

欠陥住宅苦情ネット

 家も一生ものなら、曲も一生もの。始めの思いつきで書き始めると、後で理論の綻びが出来るのです。まず始めに計画を。これは芸術に限らず、多くのことに当てはまるでしょう。料理もそうかな。

03.02.19(Wed) 殺意の口づけ【前編】
 唇と唇がふれ合ったとき、憎悪が唾液となって口から出された。彼女の舌を捉えたとき、殺意は抗い難いものとなる。憎い、殺したいほどに。

 たった今湧き起こった衝動的な殺意、ではありません。長い時間をかけてだんだんと不満を募らせていく感情。岩の上に垂れる水滴がやがて岩をも貫通するように、小さな不満や怒りが蓄積された結果、このような衝動が湧き起こるに至る。どうしようもないところまで殺意は高まっていた。

「明日はパーティーだから、ちゃんと迎えに来てね」

「あぁ」

 気のない返事を返すと、彼女は車から降り、雨を避けるため走って屋敷へと入っていく。こちらをふり返ろうともしない。やり場のない怒りを両手をハンドルに叩きつけ、天を仰ぎ、荒々しくアクセルを踏み出す。

 雨は嫌いだ。こうやって鬱々としていると、気持ちまで沈んでしまう。あの娘は確かに若く美しく、それに聡明かもしれない。しかし、あの雨のようなしっとりとした性格はどうも。自分はカラッと晴れた夏の太陽のような子が好みなのだ。

 二人は誰もがうらやむカップルとして、周囲から羨望の眼差しを送られている。だが、そんなものいくらでもくれてやるさ。こんな下らない茶番はもうたくさん、望まない相手との政略結婚。あぁ、親から強引に押しつけられた娘と一緒になれと。自分の好みではない女と生涯を共にしろと。こっちから願い下げだ、そんなのは。
 結婚話は自分の預かり知らぬところで勝手に進められていく。しかし、自分の意見を通すために親の顔を潰すことは叶わない、別れ話を出せない。いやいや、駄目だ駄目だ。不幸な結婚なんて人生を墓場で暮らすようなもの。こうなったら殺すしかない、もうそれしか残された方法は。

 決行は明日。せめてもの情けでパーティーの当日、華やかに殺してやろう。

後編へ続く

ロング・キス・グッドナイト

 記憶を失っている女。しかし、記憶を無くす以前、彼女は腕利きの暗殺者だった、そんなアホな。というツッコミは置いておくとして、この映画を先週末に久々に見たらハマってしまいました。隠されている正体、っていうのは普通の状態にもあるのかもしれませんね。究極の状態にならないとわからない素顔、出ないことを望みます。

03.02.21(Fri) 殺意の口づけ【後編】
前半を先にお読み下さい

 二人の婚約発表のパーティー。正式発表では定例パーティだけれど、会場の誰もが今日婚約発表するのだろうと噂していた。楚々とした彼女の手を取り会場に足を踏み入れると、喧噪が一瞬で沈黙に代わり、代わって華々しく音楽が鳴り出す。続いて人々の美辞麗句が雨のように降ってくる。お似合いの二人ねとか、婚約なさなないの、なんて言う風に。それはそれは激しい言葉の雨。傘をささないと雨で濡れてしまうけれど、この馬耳東風のおしゃべりどもの一方的な話の雨はどうやって防いだらいいのか。まぁいいさ、ありったけの言葉でおべっかを使うがいい、そんなものは無用の長物になるのを今に思い知るだろう。傘など圧倒的な雨の前には無力、彼女が会場で死んだときの絶叫の雨は想像に難くない。
 チラリと彼女の横顔を見ると、そんな陰謀があるなんて思いもよらぬ顔。殺されるために開かれたパーティーなんて誰が想像するだろうか。自身の顔にしたって、私は幸せの絶頂でございますという表情をしているだろう。無理に作った仮面の顔とも知らないで、ころっとみんな騙されている。これから犯す殺人にもころっと騙されるのだろうか。

 彼女がレストルームに行きたいと言いだした、やっと一人になれる。これを逃したらもう二度とチャンスは回ってこないかもしれないな。彼女の後ろ姿を見送ると、料理の席へと向かう。

 豪華な立食パーティー。東洋西洋の料理がずらりと並べられ、あるものは酒を飲みながら、あるものは料理を食べながら、宴を楽しんでいるよう。
 カクテルをボーイに注文し、グラスに口をつける。カクテルには慣れていないけれど、今日という日のために、こいつで乾杯しようと決めていたのだ。グラスを空にするともう一杯、今度は別のものを。酒に強い方ではないけれど、飲まずにはいられない。大事の前の景気づけ、という心境かな。

 二杯目を中程まで飲んだとき彼女が視界に入る。向こうもこちらを見つけると優雅な足取りで近寄ってくる、周りににこやかな笑顔を振りまきながら。まるで女王さまだな、いい気なものだ。だが永遠の眠りについてもらうよ、申し訳ないけれど。

「当パーティーへご来場のみなさん。ここで重大な発表があります」

 司会者からこうアナウンスされると、彼の父親が舞台に立つ。

「ご来場まことにありがとうございます。本日ここに開かれたパーティーはいつも通りの定例会なのですけれど、別の意味もあります」

 ざわめく会場。もう次に来る言葉はわかりにわかっているのだろうけれど、だれもが固唾を飲んで見守っている。ハッ、大した影響力だな。しかしそうやって鷹揚に構えていられるのも今の内だけだ。

「ここに若き二人の婚約を発表するものであります」

 目映いばかりの照明が二人に注がれ、壇上へ登るようにと指示される。おやおや、最後の舞台に相応しいスポットライトだな。
 舞台に立ってから何を喋ったか自分でもわかっていない。これから彼女にどうやって口づけをするか、そればかりを考えていたから。だけれど、その心配は杞憂に終わる。会場全部が豪雨のように二人を祝福し、キスをせがんだので。

「キースッ!キースッ!」

 彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめる、自分は先ほどのカクテルで顔が赤い。迷いなどない、それに酒で気も大きくなっている。彼女の背中に腕を回し、顔を近づけると、赤いぽってりとした唇が見えた。

 唇と唇がふれ合ったとき、憎悪が唾液となって口から出された。彼女の舌を捉えたとき、殺意は抗い難いものとなる。憎い、殺したいほどに。

 触れていた唇を離すと彼女が一歩身を引く。そして、喉元を掻きむしるような仕草を見せ、滑稽な踊りを踊る。舞台まで引っ張り上げられたからには、踊りを踊らなきゃ。親から踊らされるだけじゃなく、自ら踊ってやるよ。くくっと笑いがこみ上げる、誰にも聞かれてはいけない笑い。今や二人は壇上のスターだ。

 バタリと音を立てて舞台に突っ伏す彼女。会場は水を打ったように静まった。それまではやし立てる催促の雨は消え、代わって悲鳴と怒声が会場にこだまする。演技を終えたスターは速やかに舞台裏へと退場する、そして観客の審判を待つのだ。観衆から悲劇のヒーロー・ヒロインとして迎えられるか、罵声の雨を浴びさせられるか。やれるだけのことはやった、結果は神のみぞ知る。

 即日、遺体解剖が行われた。毒殺ではないかと懸念されていたにも関わらず、砒素などの毒物の反応は一切現れない。死因はショック死。婚約発表により感激したものだろうと公式には発表され、話題に餓えた市民によって面白おかしく言い立てられた。

 彼は思う。みんないとも簡単に騙された、彼の殺人計画の下に。どうやって殺したかは彼女にしかわからないだろう。彼女は生前、どんな些細なことでも打ち明けてくれた。生きていたら声高に言うだろう、舞台上でどのように苦しんだかを。しかし、その彼女も冷たい土の中。
 彼女の恨めしげな顔は忘れられない、あの婚約指輪の宝石のような美しい目から流された雨つぶのような涙を。傘もささずに婚約者の墓の前でたたずむ彼。人の目には悲劇の主人公のように映っていることだろう。

 あぁ、雨はこれだから嫌いなんだ。彼は天を仰ぎ、ハンドルを両手で叩くと婚約指輪が指に食い込んだ。チッ、これはもう要らないだろう。
 彼女の涙を思い出させる忌々しい指輪を外し、彼は荒々しく車のアクセルを踏み出した。

キスは死の味

SANSPO.COMより

 この記事を見て上の創作を思いつきました、そんなことってあるんですね。しかし、この記事の二人はその後どうなったんでしょう。仲良くしていると良いのですけれど。

03.02.22(Sat) スムーズな流れ
 今日は流れが悪い。平日の流れはとてもスムーズなのにこれは一体どうしたこと。事故か、それとも自然に起こったのか。

 大都市東京から近接する地方都市、その小さな市を縦方向に横切る高速道路。ここが渋滞しているのです。平日ならばスムーズなのだろうけれど、土日にこんなに込んでいるとは。車に乗っていると先が全く見えず、焦りばかりが募る。
 あぁ、もう少しで約束の時間なのに。普段ならこんなことはないのに。しかし、一度はまった渋滞にはどうすることも出来ず苛立つ車内。

 脇道に逸れれば良い。いや、脇道に逸れたとしても結局高速に出るから同じだろう。このような不毛な会話が延々と成されるのです。時間だけが刻々と流れるけれど、車は一向に流れない。何たる皮肉か。
 喧々囂々、侃々諤々。否が応でも殺気立つ車内、遅刻したら先方からどんなお叱りを受けるか考えるだに怖ろしい。あぁ、このままでは絶望的。この役に立たないポンコツ車を捨て置いて、この身一つで進めたら。誰もがそう思っているのです。
 煙草の煙が車内を満たし、禁煙を主張するもの、だったら車に乗るなと無茶を言うもの、それぞれ勝手にしゃべりまくる。それまで黙っていた僕もさすがに胸が悪くなり、怒声をあげそうになる。

 流れが悪いのはあんたたちのせいじゃない、と言おうとした正にその瞬間。つっかえていた流れが急にスムーズに動き出す。このように、少々の遅れはしたものの、無事先方と合流出来たのです。

「そんなわけで、少々遅れたんですよ」

「まぁ、車だから仕方がありませんね」

「ところで、トイレを貸していただけませんか。車内が長かったものですから」

「あぁ、外にトイレがありますよ」

 一緒にいた全員がトイレに行ったため、一つしかないトイレでは流れが悪い。さすがに長時間我慢していたので、怒声をあげそうになるのです。
 今日は流れが悪い。平日の流れはとてもスムーズなのに。誰もが狭いトイレの中で考えていました。

JARTIC:日本道路交通情報センター

 高速道路ではパーキングなどがたくさんあるのだけれど、一度渋滞にはまってしまうとそうも言っていられない。交通渋滞××キロの表示を見ると、それだけでぐったりしてしまうのです。

03.02.24(Mon) 指折り数えて
 親指から順番に指を折る、とっても簡単なこと。脳から発せられた信号は脊髄を通して指の末端に行き届く。そうやって、順序よく右手の親指から指が折られます。

 左の手。親指から折ると、右手と同じように順序よく折られます。全て折り終わり、結んだ手を今度は小指から折り始める。ピアノをやっている人には造作もないこと。

「おお、器用だなぁ」

 僕が指を折るのを見ていた父、僕の真似をして小指から折り曲げようとする。しかし、小指を曲げようとするとつられて薬指も曲がってしまうのです。

 人の体は自分で思っているほど自由じゃない。小指を折れるからといって、他の部分は自由自在に動いてはくれません。試しに足を手と同じように動かして見るけれど、指がつりそうになるのでやめました。目で見える部分でさえそんな有様だから、体の中はどうにもなりません。心臓に手を当てると鼓動が服を通して伝わるけれど、これだって自分で動かしているわけじゃないのです。

 僕の前に座っていた人が呼ばれます。何か隅の方で話をして、数分でまた戻ってきました。
 その周りに人が群がり、やがてその全てがうなだれます。先ほど救急で担ぎ込まれたおじいさんが亡くなった、待合室の空気が赤の他人である僕にも伝わりました。いろいろな声が聞こえてきます。おじいさんはいつも通りに風呂に入っていたらひっくり返った、そのまま意識が回復せずに亡くなったのだから極楽往生だよ、なんていうように。

 親指から順番に指を折る、とっても簡単なこと。右手でも左手でも、いつもやっていることならば簡単なこと。僕はもう一度手を見つめ、指を折り曲げてみる。うん、造作もない。

 もう待合室に先ほどの家族はいない、きっと部屋を移されたのでしょう。部屋には僕と父のみが残される、何とも気まずい雰囲気。僕は努めて明るく振る舞いました、そうすることで現実から目を背けたかったのかもしれません。

「そう言えば父さん、左手曲げられないんだね」

 じっと眠ったように目をつむっていた父は、その問いには答えませんでした。父の顔をしばらく見ていると、うっすらと目を開け、ぼそぼそとつぶやいたのです。

「さっきのおじいさん、風呂場で死ぬなんて大往生だよな。自由になれたんだよ」

 肉体から開放された老人。死が自由というのはあんまりじゃないか、と抗議したかったけれど、何となく首肯してしまう。言い返す気力もなかった、というのが正直なところ。待合室で長時間待たされ、精神的にぐったりしていたのです。

 馬鹿の一つ覚えみたいに僕は指を折る。親指、人差し指、中指、薬指、と来たところで名前を呼ばれます。父と僕とで先生のところに行くと、とりあえず母は何ともないらしい。

 両親と車で帰る際、母は言いました。調子が悪いなーとは思っていたんだけれど、まさか倒れるとは驚いたと。そこから、風呂場で亡くなったおじいさんの話になりました。あれは苦しず、闘病生活もなく、家族にもあまり迷惑をかけない死に方だって。肉体は魂を縛る枷だとも。首肯しかねるけれど、やっぱりうなずいてしまいました。

 僕はよっぽど疲れていたのです。それも母に比べれば何でもありません。親指、人差し指、中指、薬指。実に四時間も病院にいたのです。傷ついた肉体から開放され精神が自由になり、せめて今夜一晩ぐらいはゆっくり寝て欲しい。

 朝までの時間を指折り数えながら家へと向かいました。

更年期ホームページ

 更年期障害だと医者は言うけれど、こんなにひどいものなのか。辛さは本人しかわからないので、家族はただおろおろするばかり。情けない。
 今日の母は、何事もなかったかのように生活しています。家族中、昨日の騒ぎは何だったのかと狐につままれたような顔。うーん、毎回こんな感じです。明日は病院に付き添いです、今日は一応安静にしていました。

03.02.25(Tue) あの人は街の片隅で
 あの人は街の片隅でうなだれました。椅子に深く腰掛け、がっくりと肩を落とす様子を見ると、胸から寂しさがこみ上げてくるような、そんな気がしたのです。

 雨の日も、雪の日も、どんなに天候の悪いときでも外にじっと座り、一点を見つめるその姿。どうしてそうやって座っているのですか、と声を掛けたいのだけれど、近くに行くのがためらわれるのです。それほどがっくりしているのですから。

 街ではとっくに話題になっています、あの人はどうしてあんなところにぽつねんと座っているのだろうって。服はよれよれ、苦労のためか頭は禿げ上がり、うつろな目をして一点を見つめ、声を掛けたとしても無表情かつ無反応。こう言っちゃうと申し訳ないのだけれど、その姿は廃人同然。生ぬるくて気が抜けた、誰からも見向きもされずに捨てられたコーラを連想してしまう。本人が望んでそこにいるのだから、かわいそうだなんて陳腐なことは言えません。言ったとしても恐らく喜ばないんじゃないかな。それに、あの物言わぬ姿を見ていると、あの場所でじっとして何かを待つこと自体が目的じゃないのか。と、そんな気すらしてくるのです。

 その場所で工事があると噂で聞き及び、あの人はどうなるんだろうと興味が募り、あそこへ行ってみたんです。気にしないようにしていたつもりだったのだけれど、気になって気になって仕方がない。興味本位でのぞきに行くなんてどうにかしている。そう思う、だけれど足はもうすぐそこまで近づいていたんです。遠巻きに、そうっと気づかれないように見てやろうって。
 でも、あの人はいませんでした。工事があったから至極当然なのかもしれないな。それにしても、どこに行ってしまったんだろう。工事が続く間、その場所を通る機会がある度にあの人のことを考えるのです。

 一人ぽつねんと、街の片隅でうなだれているあの人が目に焼き付いています。椅子に深く腰掛け、がっくりと肩を落とす様子を思い出すと、胸から寂しさがこみ上げてくるような、そんな気がしたのです。

 工事が終わってもあの人は戻ってきませんでした。だけれども、あの場所を通る度、がっくりと肩を落としたあの人が椅子に座ってうなだれている、そんな光景を自然と思い出すのです。

 あの人は今、どこでどうしているのでしょう。やっぱりどこかの街角で椅子に深く腰掛けうなだれているのでしょうか。胸から寂しさがこみ上げてくるような、そんな気がしました。

うなだれパンダ

 日記本文にあるがっくりとうなだれた人、これこそが噂のうなだれパンダなのです。どうです、この哀愁を帯びた表情。しかしです、本来ならぐっと胸が熱くなるだろうところに、あの文と音楽ですよ。いやぁ、実に良いものを見せてもらいました。

03.02.26(Wed) 冬の海水浴
 ごぼごぼっと音がします。耳を通して聞こえる、と言うよりも体を通して聞こえるような。体内にどんどん水が入ってきています、どうにかしなきゃと思うんだけれど、体が言うことを聞いてくれません。

 カモメが気持ちよさそうにホバーリングをしています、空には太陽が燦々と照りつけていました。夏休みにどこにも行けないのはかわいそうだ、という親心なのでしょう。僕ら家族は休日を利用して海に来ていたのです。

 砂浜では両親が寝そべり日光浴、妹は貝殻を拾っているよう。何が悲しくて海に来てまで寝そべらなきゃいけないんだ、と少々立腹していました。カモメが泳げと催促しているし、太陽はそれを笑って見ている。寄せては返す静かな波は、海が両手を広げておいでとおいでと誘っているみたい。準備体操もそこそこに、水中眼鏡とシュノーケルを口にくわえて、僕は波へと飛び込みました。
 海の中は澄んでいて遠くまで良く見渡せる、それは父に買ってもらったそれはシュノーケルのおかげ。ちょっとサイズが大きいけれど、そんなに気になる程じゃない。気のおもむくままに、海底散歩を楽しみます。名も知らぬ小さな魚たち、色とりどりの海牛、岩場には蟹らしき姿。どれもこれも地上ではお目にかかれないものばかり。僕は夢中でした。手を掻き足をばたつかせ、自由気ままに海を泳ぎ回る。どれだけ泳いだかわかりません、疲れも全く感じなかったのです。

 海底にきらきらと光るものを見つけました、それが何であるかはわかりません。差し込んだ太陽を反射し、宝石のような輝きを放っていたのです。息を止めて海深く潜ろうとする。と、水中眼鏡が外れたのです。緩んでいた水中眼鏡から大量の海水が流入し、驚いてシュノーケルも口から離してしまう。当然、口の中にも大量の水が入り込み、僕はパニックを起こしていたのです。

 うぁぁぁ、助けて!口から鼻から流れ込む塩水。無我夢中で手足をばたつかせ、やっとの思いで海面に出てからも興奮収まらず。前後不覚とはこのことを指すのでしょうか。

 ごぼごぼっと音がします。耳を通して聞こえる、と言うよりも体を通して聞こえるような。体内にどんどん水が入ってきています、どうにかしなきゃと思うんだけれど、体が言うことを聞いてくれません。

 塩水の味が体中に行き渡り、血管の中にも浸食しているような気すらしました。鼻、口、喉。ひりひりとした痛み。海の味を感じ、目からは涙が出てしまう。
 あの夏の日もそうでした、塩の痛みでのたうち回った記憶が鮮明に残っています。痛みにこらえて鼻と口から塩水を吐き出し、無様にも僕は目から涙を出している。花粉症対策の塩水による鼻洗浄のために。

花粉症・鼻洗い

伯方の塩、花粉症対策より

 花粉が本格化してきました。今日はかなり花粉が飛んでいたらしく、昼ぐらいからたまらない痒さ。鼻洗浄を試みるも失敗、ものすごく痛いことがわかりました。でも、すっきりしたような気もするので、懲りずに明日も試してみよう。

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